・・・家内がつかつかと跣足で下りた。いけずな女で、確に小雀を認めたらしい。チチチチ、チュ、チュッ、すぐに掌の中に入った。「引掴んじゃ不可い、そっとそっと。」これが鶯か、かなりやだと、伝統的にも世間体にも、それ鳥籠をと、内にはないから買いに出る処だ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ お千が脛白く、はっと立って、障子をしめようとする目の前へ、トンと下りると、つかつかと縁側へ。「あれ。」「おい、気の毒だがちょっと用事だ。」 と袖から蛇の首のように捕縄をのぞかせた。 膝をなえたように支きながら、お千は宗・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 赤ら顔の大入道の、首抜きの浴衣の尻を、七のずまで引めくったのが、苦り切ったる顔して、つかつかと、階を踏んで上った、金方か何ぞであろう、芝居もので。 肩をむずと取ると、「何だ、状は。小町や静じゃあるめえし、増長しやがるからだ。」・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・僕は黙ってそれを奪い取ってから、つかつかと家にはいった。 一七 その後、吉弥に会うたびごとに、おこって見たり、冷かして見たり、笑って見たり、可愛がって見たり――こッちでも要領を得なければ、向うでもその場、その場の商売・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・近藤は直に何ごとをか言い出さんと身構をした時、給使の一人がつかつかと近藤の傍に来てその耳に附いて何ごとをか囁いた。すると「近藤は、この近藤はシカク寛大なる主人ではない、と言ってくれ!」と怒鳴った。「何だ?」と坐中の一人が驚いて聞いた・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・徳二郎はちょっと立ち止まって聞き耳を立てたようであったが、つかつかと右なるほうの板べいに近づいて向こうへ押すと、ここはくぐりになっていて、黒い戸が音もなくあいた。見ると、戸にすぐ接して梯子段がある。戸があくと同時に、足音静かに梯子段をおりて・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 其処は端近先ず先ずこれへとも何とも言わぬ中に母はつかつかと上って長火鉢の向へむずとばかり、「手紙は届いたかね」との一言で先ず我々の荒肝をひしがれた。「届きました」と自分が答えた。「言って来たことは都合がつくかね?」「用・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・それが眼に入るか入らぬに屹と頭を擡げた源三は、白い横長い雲がかかっている雁坂の山を睨んで、つかつかと山手の方へ上りかけた。しかしたちまちにして一ト歩は一ト歩より遅くなって、やがて立止まったかと見えるばかりに緩く緩くなったあげく、うっかりとし・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・私どもの商売をつづけてやって行かれなくなるような、そんな大事な金で、女房が奥の六畳間で勘定して戸棚の引出しにしまったのを、あのひとが土間の椅子席でひとりで酒を飲みながらそれを見ていたらしく、急に立ってつかつかと六畳間にあがって、無言で女房を・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・馬場は躊躇せず、その報いられなかった世界的な名手がことさらに平気を装うて薄笑いしながらビイルを舐めているテエブルのすぐ隣りのテエブルに、つかつか歩み寄っていって坐った。その夜、馬場とシゲティとは共鳴をはじめて、銀座一丁目から八丁目までのめぼ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫