・・・栖方は俳人の高田の弟子で、まだ二十一歳になる帝大の学生であった。専攻は数学で、異常な数学の天才だという説明もあり、現在は横須賀の海軍へ研究生として引き抜かれて詰めているという。「もう周囲が海軍の軍人と憲兵ばかりで、息が出来ないらしいので・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 姉は梁の端に吊り下っている梯子を昇りかけた。すると吉は跣足のまま庭へ飛び降りて梯子を下から揺すぶり出した。「恐いよう、これ、吉ってば。」 肩を縮めている姉はちょっと黙ると、口をとがらせて唾を吐きかける真似をした。「吉ッ!」・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・先輩の手法を模倣して年々その画風を変えるごとき不見識に陥らず、謙虚な自然の弟子として着実に努力せられんことを望む。 ――例外の一と二とに現われた二つの道が日本画を救い得るかどうか。それは未来にかかった興味ある問題である。・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・それはちょうど祇園祭りのころで、昔は京都の市民が祭りの一週間とその前後とで半月以上にわたって経済的活動を停止した時期である。 しかしこの静止状態が続くのは、せいぜい三週間であって、一個月にはならなかったと思う。土用の末ごろにはもう東山の・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫