・・・ 扇子を抜いて、畳に支いて、頭を下げたが、がっくり、と低頭れたように悄れて見えた。「世渡りのためとは申しながら……前へ御祝儀を頂いたり、」 と口籠って、「お恥かしゅう存じます。」と何と思ったか、ほろりとした。その美しさは身に・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・と挨拶すると、沼南は苦笑いして、「この家も建築中から抵当に入ってるんです」といった。何の必要もないのにそういう世帯の繰廻しを誰にでも吹聴するのが沼南の一癖であった。その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・そのピアノは既に抵当にはいっているものだったが……。 その日の米にも困る暮しであった。庄之助の稽古は、その貧乏故に一層きびしかった。 よその子が皆遊んでいるのに、自分は何故遊べないのだろうかと、寿子は溜息つきながら、いつもヴァイオリ・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・源作は、頼母子講を取った。抵当に、一段二畝の畑を書き込んで、其の監査を頼みに、小川のところへ行った時、小川に、抵当が不十分だと云って頑固にはねつけられたことがあった。それ以来、彼は小川を恐れていた。「源作、一寸、こっちへ来んか。」 ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・親爺は、買った土地を抵当に入れて、信用組合からなお金を借り足して、又、別の畠を買った。五六口の頼母子講は、すっかり粕になってしまっていた。 頼母子講は、一と口が一年に二回掛戻さなければならない。だから、毎月、どっかの頼母子が、掛戻金持算・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・預金はとっくの昔に使いつくし、田畑は殆ど借金の抵当に入っていた。こんなことになったのも、結局、為吉がはじめ息子を学校へやりたいような口吻をもらしたせいであるように、おしかは云い立てゝ夫をなじった。「まあそんなに云うない。今にあれが銭を儲・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・生霊、死霊、のろい、陰陽師の術、巫覡の言、方位、祈祷、物の怪、転生、邪魅、因果、怪異、動物の超常力、何でも彼でも低頭してこれを信じ、これを畏れ、あるいはこれに頼り、あるいはこれを利用していたのである。源氏以外の文学及びまた更に下っての今昔、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・喧嘩しながら居眠るほど、酔っていた男を正気の相手が刃物で、而も多人数で切ったのですから、ぼくの運がわるく、而も丹毒で苦しみ、病院費の為、……おやじの残したいまは只一軒のうちを高利貸に抵当にして母は、兄と争い乍ら金を送ってくれました。会社は病・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・父の印鑑を持ち出して、いつの間にやら家の電話を抵当にして金を借りていた。月末になると、近所の蕎麦屋、寿司屋、小料理屋などから、かなり高額の勘定書がとどけられた。一家の空気は険悪になるばかりであった。このままでこの家庭が、平静に帰するわけはな・・・ 太宰治 「花火」
・・・母は、いくらか世間に名を知られるようになった娘をこの際洋行させたら、もっと偉いものになるだろうと考え、母らしい英断で、家に金もないところを、現在住んでいた家を抵当として金をつくり、それで私をやったのであった。 娘はそんなこととは知らなか・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫