・・・ 竹刀で床を突いては、テラテラ髪を分けた下の顔をつくって呶鳴る縞背広の存在とガラス一重外のそのようなあたり前の風景の対照はちぐはぐで自分の心に深く刻みつけられるのであった。 ケイ紙に書きつけた一項一項について、嘘を云っては、「云・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・が待っていて、お茶をのんであのひとはかえり、私は島田の母様[自注8]が私へ下さったお手染のチリメンの半襟を又眺めなおして、いただいたコーセンをしまって、手伝いに来ているお婆さんをやすまして、それからドテラを着てね、さて、と机に向ったわけなの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ あなたの冬用の厚ぼったいドテラが今縫いあがりました。フランネルじゅばんと入れます。どうかそのおつもりで、不用の袷類を下げてお置き下さい。 さむくなりましたが、今年は去年より概して暖いのではないかしら。きょうなどなかなかおだやかな日・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・紫矢がすり 赤い友禅のドテラ引かぶって櫛のハの通っていない髪 青い半ぐつした。室中に何とも云えず重い懶い雰囲気がこめている。その同じ娘が 人中では顔も小ぢんまり 気どる。スースーとモダン風な大股の歩きつきで。それに対する反感・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・「そうでしょうねえ、 でもテラテラした処を歩いて来たから斯うやって静かな間接に日光の入る処の方がいいんです。 せっせっと歩くと汗ばむ位ですもの。」「急いで来もしないのに……」 肇はいかにもせっせっと来た様な事を大仰に話す・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・は皆テラテラした紙に面白い絵の沢山書いてある好い香いのするものであった。 赤や青や時にはほんとに奇麗な金や銀の表紙の付いて居る其等の本は、灰色の表紙と只黒い色でポツポツと机や枝のしなびたのが付いて居る教科書よりどれ位子供心に興味を持たせ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・何となし斯う、熱い気持のする柳の下に細々とかんテラがともって色のあせかかった緋毛氈の上に、古のかおりのほんのりある様な螺鈿の盆や小箱や糸のほつれた刀袋やそんなものは夜店あきんどが自分の生活のためにこうやって居るとは思われない。うす黒い柳の幹・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ 追いかけ追いかけの貧から逃れられない哀れな老爺が、夏の八月、テラテラとした太陽に背を焼かれながら小石のまじったやせた畑地をカチリカチリと耕して居る。其のやせた細腕が疲れるとどこともかまわず身をなげして骨だらけの胸を拡げたり、せばめたり・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 春先の様に水蒸気が多くないので、まるで水銀でもながす様に、テラテラした海面の輝きが自然に私の眼を細くさせる。 この海からの反射光線が、いつでも私の頭――眼玉の奥をいたくさせるのである。 此処いら――江の島、七里ヶ浜あたりの波は・・・ 宮本百合子 「冬の海」
昨夜、ドッドと降って居た雨が朝になってすっかり上った。 白っぽい被のかかって居た木の葉も土も皆、美くしくうるおおされて、松だの槇だのの葉は針の様に、椿や樫の葉はテラテラに輝いて居る。 きめの細かくなった土面から、ホヤホヤと・・・ 宮本百合子 「南風」
出典:青空文庫