・・・我我は文明を失ったが最後、それこそ風前の灯火のように覚束ない命を守らなければならぬ。見給え。鳥はもう静かに寐入っている。羽根蒲団や枕を知らぬ鳥は! 鳥はもう静かに寝入っている。夢も我我より安らかであろう。鳥は現在にのみ生きるものである。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・其処へかかると中に灯火が無く、外の雪明りは届かぬので、ただ女の手に引かるるのみの真暗闇に立つ身の、男は聊か不安を覚えぬでは無かった。 然し男は「ままよ」の安心で、大戸の中の潜り戸とおぼしいところを女に従って、ただ只管に足許を気にしながら・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・としたためたかきつけと、東京方面の事情を上奏する書面を入れた報告筒を投下し、胸をとどろかせてまっていると、下から大きな旗がふりはじめられたので、かしこみよろこんで、帰還し 摂政宮殿下に言上しました。 皇族の方々のおんうち、東京でおやしき・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・と藤さんは坐る。灯火に見れば、油絵のような艶かな人である。顔を少し赤らめている。「あしが一番あん」と章坊が着物を引っ抱えて飛びだすと、入れ違いに小母さんがはいってきて、シャツの上から着物を着せかけてくれる。「さ、これをあげましょ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・飛行機から爆弾を投下する光景や繋留気球が燃え落ちる場面があるというので自分の目下の研究の参考までにと見に行ったのが「ウィング」であった。それから後、象の大群が見られるというので「チャング」を見、アフリカの大自然があるというので「ザンバ」を見・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 焼夷弾投下のためにけがをする人は何万人に一人ぐらいなものであろう。老若のほかの市民は逃げたり隠れたりしてはいけないのである。空中襲撃の防御は軍人だけではもう間に合わない。 もしも東京市民があわてて逃げ出すか、あるいはあの大正十二年・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 焼夷弾投下のために怪我をする人は何万人に一人くらいなものであろう。老若の外の市民は逃げたり隠れたりしてはいけないのである。空中襲撃の防禦は軍人だけではもう間に合わない。 もしも東京市民が慌てて遁げ出すか、あるいはあの大正十二年の関・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 音と光との回折や透過に関する差違はトーキーでもすでにいろいろに利用されている。酒場で悪漢が密談している間に、隣室で球突きのゲームをとる声と球の音が聞こえている。その音が急に高くなったと思うとドアーが開いて女が現われるというようなのは、・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・井戸を見付けて、それから人の見ない機会をねらって、いよいよ投下する。しかし有効にやるためにはおおよその井戸水の分量を見積ってその上で投入の分量を加減しなければならない。そうして、それを投入した上で、よく溶解し混和するようにかき交ぜなければな・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・面映きは灯火のみならず。「この深き夜を……迷えるか」と男は驚きの舌を途切れ途切れに動かす。「知らぬ路にこそ迷え。年古るく住みなせる家のうちを――鼠だに迷わじ」と女は微かなる声ながら、思い切って答える。 男はただ怪しとのみ女の顔を・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫