・・・そうして見ると、女房の持っていた拳銃の最後の一弾が気まぐれに相手の体に中ろうと思って、とうとうその強情を張り通したものと見える。 女房は是非このまま抑留して置いて貰いたいと請求した。役場では、その決闘というものが正当な決闘であったなら、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 青い星を見た刹那から、彼女を北へ北へとしきりに誘惑する目に見えない不思議な力がありました。 とうとう、二、三日の後でした。年子は、北へゆく汽車の中に、ただひとり窓に凭って移り変わってゆく、冬枯れのさびしい景色に見とれている、自分を・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・そこへちょうど吉新の方から話があって、私も最初は煮えきらない返事をしていたんだけど、もう年が年だからって、傍でヤイヤイ言うものだから、私もとうとうその気になってしまったようなわけでね……金さん、お前さんも何だわ――今さらそう言ったってしよう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・爺さんが綱の玉を段々にほごすと、綱はするするするするとだんだん空の方へ、手ぐられでもするように、上がって行くのです。とうとう綱の先の方は、雲の中へ隠れて、見えなくなってしまいました。 もうあといくらも綱が手許に残っていなくなると、爺さん・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・おばはんとうとう出て行きよったが、出て行きしな、風呂敷包持って行ったンはええけど、里子の俺は置いてきぼりや。おかげで、乳は飲めん、お腹は空いてくる、お襁褓はかえてくれん、放ったらかしや。蹴ったくそわるいさかい、亭主の顔みイみイ、おっさんどな・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ たとえば、この間、大阪も到頭こんな姿になり果てたのかと、いやらしい想いをしながら、夜の闇市場で道に迷っている時、ふと片隅の暗がりで、蛍を売っているのを見た。二匹で五円、闇市場の中では靴みがきに次ぐけちくさい商内だが、しかし、暗がりの中・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・朝までに出来る積りだったが、到頭今まで掛った。顔も洗わずに飛んで来た」「顔も洗わずに結婚式を挙げるのは、君ぐらいのものだ。まアいい。さア行こう」 と、手を取ると、「一寸待ってくれ。これから中央局へ廻ってこの原稿を速達にして来なく・・・ 織田作之助 「鬼」
一 ざまあ見ろ。 可哀相に到頭落ちぶれてしまったね。報いが来たんだよ。良い気味だ。 この寒空に縮の単衣をそれも念入りに二枚も着込んで、……二円貸してくれ。見れば、お前じゃないか。……声まで顫えて・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「やア。到頭トランクの主が見つかった」 一階の第一スタジオの前のホールで放送の済むのを待っていると、階段を降りて来た演芸係長の佐川が、赤井を見つけて、「おやッ、珍らしい。赤団治さんじゃありませんか」 と、寄って来た。色の白い・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・それに、ふと手離すのが惜しくなって、――というのは、私もまた武田さんの驥尾に附してその時計を机の上にのせて置きたくて、到頭送らずじまいになってしまった。 九月の十日過ぎに私はまた上京した。武田さんを訪問すると、留守だった。行方不明だとい・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
出典:青空文庫