・・・同情されると、政子さんは、到頭、「其は随分いやな事だってあるわ」と云いながら、涙組んでしまいました。「そうでしょうね」 何か考えるように首を傾げていた友子さんは、やがて政子さんの手を優しく撫でながら申しました。「私達はこ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ しかし、村でも到頭人殺しが出るようになったか。こそこそ泥棒も滅多にはなかったのに――。村の中で、この夜、村始まって初めての殺人があるかも知れないという状態はせいそうだ。私の想像はいやに活々して来た。まるで天眼通を授かったように、血なま・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ジュピターの妻ジュノーの嫉妬がつのって、到頭哀れなアナキネはジュノーのために蜘蛛にさせられてしまった。そんなに織ることがすきなら、一生織りつづけているがよい、と。女神から与えられた嫉妬の復讐として、美しい織物ばかり織りつづける蜘蛛にさせられ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 他人とは三十分も喋ってるのに。」「みんなは、そういう調子で私と口はききませんよ。」「どんな調子で云ったらいいんだ? 到頭俺が、いやんなったのか? 俺あ中学校は卒業してないんだ。」 二人きりになったとき、インガはドミトリーに云っ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・見たくなって、もう一遍混雑をきわめた店内へ戻って、奥の方で開けて眺めているうち、大決心をして到頭買って来た。 ヴォルフの写真を集めた本は、何年か前に「海辺にて」という題だったか、ヴォルフ夫人と幼い女の児とを海辺の様々な情景で撮したのを見・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ 私は通訳をしてくれる人もその席には持っていないのだから途方に暮れ、到頭立って、私はロシア語はまだ話せない、モスクへ三月前に来たばっかりです、私のいうこと、分りますか? そういう調子で十言か二十言話した。出来ない言葉を対手に分らせようと・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・と云ったと見えすいた嘘をついて到頭追いかえしてしまったのだそうです。私が何とかして会いたいと留置場の中で日夜願っている同志たちとはこういう細工をしてまで会わせず、会わせる者はと云えば、帝国主義官憲とグルになって、もう「コップ」の仕事はしない・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・私は、到頭その紙をそろりと引出し、一大事のような亢奮を覚え乍ら、それで手紙を書き、友達に出した。その友達が、お手紙有難うと云ったぎりで、あのエクサイティングな紙については一言も言及してくれないのが、非常に物足りなかった。何もわからない人なの・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・「ああ、そう云えばあなたの家でつかまった帝大生、ここにいる間は珍しい位確りしていたが到頭兜をぬいだそうだよ」 自分は冷淡に、「ふーん」と云った。「あのくらいの大物で、あんなに何も彼も清算するのは近来ないそうだ、びっくりし・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・その晩は安心してのんびり出来るよう、朝六時までかかって私は到頭バルザックを六十八枚書き上げ、一層心持ちがよかったわけです。バルザックが卑俗であり、悪文であるということを同時代人からひどく云われたし、現代でも其は其として認めざるを得まいが、そ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫