・・・どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、つまらない事からなのでしょう。そうして、その揚句に米屋の亭主の方が、紺屋の職人に桶で散々撲られたのだそうです。すると、米屋の丁稚が一人、それを遺恨に思って、暮方その職人の外へ出る所を待伏せて、いき・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ と附け足して、あとから訂正なぞはさせないぞという気勢を示したが、矢部はたじろぐ風も見せずに平気なものだった。実際彼から見ていても、父の申し出の中には、あまりに些末のことにわたって、相手に腹の細さを見透かされはしまいかと思う事もあった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・こないだ友人とこへ行ったら、やっぱり歌を作るとか読むとかいう姉さんがいてね。君の事を話してやったら、「あの歌人はあなたのお友達なんですか」って喫驚していたよ。おれはそんなに俗人に見えるのかな。A 「歌人」は可かったね。B 首をすくめ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・蹄、一高坂也、是以馬憂これをもってうまかいたいをうれう、人痛嶮艱、王勃所謂、関山難踰者、方是乎可信依、土人称破鐙坂、破鐙坂東有一堂、中置二女影、身着戎衣服、頭戴烏帽子、右方執弓矢、左方撫刀剣――とありとか。 この女像にして、もし、弓矢を・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ときどきの消息に、帰国ののちは山中に閑居するとか、朝鮮で農業をやろうとか、そういうところをみれば、君に妻子を忘れるほどのある熱心があるとはみえない。 こういうと君はまたきっと、「いやしくも男子たるものがそう妻子に恋々としていられるか」と・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・「帰って来ても、廃兵とか、厄介者とか云われるのやろう。もう、僕などはあかん」と、猪口を口へ持って行った。「そんなことはないさ、」と、僕はなぐさめながら、「君は、もう、名誉の歴史を終えたのだから、これから別な人間のつもりで、からだ相応な働・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ この淡島堂のお堂守時代が椿岳本来の面目を思う存分に発揮したので、奇名が忽ち都下に喧伝した。当時朝から晩まで代る代るに訪ずれるのは類は友の変物奇物ばかりで、共に画を描き骨董を品して遊んでばかりいた。大河内子爵の先代や下岡蓮杖や仮名垣魯文・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その上に余り如才がなさ過ぎて、とかく一人で取持って切廻し過ぎるのでかえって人をテレさせて、「椿岳さんが来ると座が白ける」と度々人にいわれたもんだ。円転滑脱ぶりが余りに傍若無人に過ぎていた。海に千年、山に千年の老巧手だれの交際上手であったが、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれには害が一緒に伴うております。また本を書くことも同じようにそのなかに善いこともありまた悪いこともたくさんあります。われわれはそれを完全なる遺物または最大遺・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとかいう事は、どうしてもして遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手足も動かされなくなっているように、冷淡な心持をして、時の立つのを待って・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫