・・・古い達磨の軸物、銀鍍金の時計の鎖、襟垢の着いた女の半纏、玩具の汽車、蚊帳、ペンキ絵、碁石、鉋、子供の産衣まで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・附け鬚模様の銀鍍金の楯があなたによく似合うそうですよ。いや、太宰さんは、もう平気でその楯を持って構えていなさる。僕たちだけがまるはだかだ」「へんなことを言うようですけれども、君はまるはだかの野苺と着飾った市場の苺とどちらに誇りを感じます・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・お高祖頭巾をかぶっている。私は立ちどまって待った。 そうして私は、或る小さい料亭に案内せられた。女は、そこの抱え芸者とでもいうようなものであったらしい。奥の部屋に通されて、私は炬燵にあたった。 女はお酒や料理を自分で部屋に運んで来て・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・これが単にちょっと一風変わった構図であるというだけならそれまでであるが、この構図があの場合におけるあの頭巾とあのシャツを着たあの三人のシチュエーションなりムードなりまたテンペラメントなりに実によく適合している。こういう技巧はロシア映画ではあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・女は白頭巾に白の上っ被りという姿である。遺骨の箱は小さな輿にのせて二人でさげて行くのである。近頃の東京の葬礼自動車ほど悪趣味なものも少ないと思う。そうして、葬儀場は時として高官の人が盛装の胸を反らす晴れの舞台となり、あるいは淑女の虚栄の暗闘・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・これに反して日本出来のは見掛けのニッケル鍍金などに無用な骨を折って、使用の方からは根本的な、油の漏れないという事の注意さえ忘れている。 ただアメリカ製のこの文化的ランプには、少なくも自分にとっては、一つ欠けたものがある。それを何と名づけ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・読んでみたい本はいくらでもあるが、時間と金との欠乏を考えるために、めったに買って読む事はない。ただいろいろの学者の名前と本の名前をひとわたり見るだけで満足する場合が多い。だれかが「過去の産出物の内で、目に見られ、手に触れる事のできる三つのも・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・と鳶の頭清五郎がさしこの頭巾、半纒、手甲がけの火事装束で、町内を廻る第一番の雪見舞いにとやって来た。「へえッ、飛んでもねえ。狐がお屋敷のをとったんでげすって。御維新此方ア、物騒でげすよ。お稲荷様も御扶持放れで、油揚の臭一つかげねえもんだ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。 自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。第五夜・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・青き頭巾を眉深に被り空色の絹の下に鎖り帷子をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈もなく舷から飛び上る。はなやかな鳥の毛を帽に挿して黄金作りの太刀の柄に左の手を懸け、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽げに石段の上に移すのはローリーか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫