・・・日ごろ進歩的な意見をもっている作家である豊島与志雄、新居格氏などからさえ、この新聞はまるで共産党系統のだれかが暴力的行為を仕組みでもしたような話をひき出している。田中耕太郎氏の談話などは、事件が明瞭にされたときには、共産党に対するその発言の・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・ 久しい間沈黙していた豊島与志雄がこのごろ「塩花」などをはじめ、若い女性を主人公とするいくつもの作品を発表しています。初期からシンボリックな作品を作っていた豊島氏のこれらの作品をよむと、作者は、この人生に私たちが求めるおのずからなる清ら・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ 私がここへ来たばかりの時、その妙にきわだった服装の私服めいた男は、白粉やけのした年増女と、声高にこう喋っていた。「あんまり見ちゃいられねえから、手伝ってやるのよ。――あっちこっちから役人をひっぱり出して来ているんだから、まるきし何・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・ 浮々した年増の声が、がやがや云う男の間に際立って響いた。丸髷のその女を先頭にフロック・コート、紋付袴の一団が現われた。真中に、つい先年首相であった老政治家が囲まれている。皆、酒気を帯び、上機嫌だ。主賓、いかにも程々に取巻かせて置くとい・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 立ったまま年増の女の云う声がした。「お待ち遠さま、今日はごたごたさ、鮪の買い出しが足りなくって騒ぎゃるし、源ちゃんは病院へ行くって出たまんまいつまで経ってもかえんないし……あああ」 ふっと、私は笑いたくなった。そして云った。・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・まあ、年増の美人のようなものだね。こんな日にもぐらもちのようになって、内に引っ込んで、本を読んでいるのは、世界は広いが、先ず君位なものだろう。それでも机の上に俯さっていなかっただけを、僕は褒めて置くね。」 秀麿は真面目ではあるが、厭がり・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・宇平の姉りよは細川長門守興建の奥に勤めていたので、豊島町の細川邸から来た。当年二十二歳である。三右衛門の女房は後添で、りよと宇平とのためには継母である。この外にまだ三右衛門の妹で、小倉新田の城主小笠原備後守貞謙の家来原田某の妻になって、麻布・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・杯盤の世話を焼いているのは、色の蒼い、髪の薄い、目が好く働いて、しかも不愛相な年増で、これが主人の女房らしい。座敷から人物まで、総て新開地の料理店で見るような光景を呈している。「なんにしろ、大勢行っていたのだが、本当に財産を拵えた人は、・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・見れば、柳橋で私の唯一人識っている年増芸者であった。 この女には鼠頭魚と云う諢名がある。昔は随分美しかった人らしいが、今は痩せて、顔が少し尖ったように見える。諢名はそれに因って附けられたものである。もう余程前から、この土地で屈指の姉えさ・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫