・・・「四カ所負いたがいずれも薄手であッた。とてもあのような乱軍の中では無疵であろう者はおじゃらぬ。もちろん原で戦うのじゃから、敵も味方もその時は大抵騎馬であッた。が味方の手綱には大殿(義貞が仰せられたまま金鏈が縫い込まれてあッたので手綱を敵・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「あっこはとても駄目って。」「あくもあかんもあるもんか。手前、あっこへのたり込むのが当り前じゃ。」「あかん、あかん。」と云って安次は頭の横で泳ぐように両手を振った。「ぐずぐずぬかすな!」 秋三が安次の首筋を持って引き立て・・・ 横光利一 「南北」
・・・私は自分に親しい者たちの心の内に同じような穢ないものがある事を想像するのはとてもたまらない。それと同じく他の人も私の心の暗い影を想像するのは非常に不愉快だろうと思います。私はどうしても心を清浄にしたい。たとえそのために人間性質のある点に関す・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫