・・・そのほかまだその通町三丁目にも一つ、新麹町の二丁目にも一つ、それから、もう一つはどこでしたかな。とにかく、諸方にあるそうです。それが皆、我々の真似だそうだから、可笑しいじゃありませんか。」 藤左衛門と忠左衛門とは、顔を見合せて、笑った。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・Mは毎年学校の水泳部に行っていたので、とにかくあたり前に泳ぐことを知っていましたが、私は横のし泳ぎを少しと、水の上に仰向けに浮くことを覚えたばかりですし、妹はようやく板を離れて二、三間泳ぐことが出来るだけなのです。 御覧なさい私たちは見・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。A 許してくれ。おれは何よりもその特待生が嫌いなんだ。何日だっけ北海道へ行く時青森から船に乗ったら、船の事務長が知ってる奴だったものだから、三等の・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・が、蒼黒い魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。 かばかりの大石投魚の、さて価値といえば、両を出ない。七八十銭に過ぎないことを、あとで聞いてちと鬱いだほどである。が、とにかく、これは問屋、市場へ運ぶのではなく、漁村なるわが町・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ とにかく去年から今年へかけての、種々の遭遇によって、僕はおおいに自分の修業未熟ということを心づかせられた。これによって君が僕をいままでわからずにおった幾部分かを解してくれれば満足である。・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・と云ったのでとにかく心まかせにした方がと云って人にたのんで橋をかけてもらい世を渡る事が下手でない聟だと大変よろこび契約の盃事まですんでから此の男の耳の根にある見えるか見えないかほどのできもののきずを見つけていやがり和哥山の祖母の所へ逃げて行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 住職のことはこの話にそう編み込む必要がないが、とにかく、かれは僕の室へよく遊びに来た、僕もよく遊びに行った。酔って来ると、随分面白い坊主で、いろんなことをしゃべり出す。それとなく、吉弥の評判を聴くと、色が黒いので、土地の人はかの女を「・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・研究報告書は経費の都合上十分抱負が実現されなかったが、とにかく鴎外時代となって博物館から報告書が発行されるようになったのは日本の博物館の一進歩である。鴎外は各国博物館の業績に深く潜思して、就任後一、二回落合った偶然の咄のついでにも抱負の一端・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・しかしながら、とにかく先生は非常な力を持っておった人でした。どういう力であったかというに、すなわち植物学を青年の頭のなかへ注ぎ込んで、植物学という学問の Interest を起す力を持った人でありました。それゆえに植物学の先生としては非常に・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・でも、極度に達したときは変わりがなかったからです。とにかく、みんなは、たがいに欲深であったり、嫉妬しあったり、争い合ったりする生活に愛想をつかしました。そして、これがほんとうの人生であるとは、どうしても真に信じられなかったのであります。・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫