・・・は遠慮なく立って幾十年か立つと私共の様な――こんなみにくくはあるまいがとにかく年を取らにゃならぬじゃ、若い中――ほんに短かい若い中を自由に美くしくすごさにゃああまりおしいワ、お主の様にましてうつくしい人ハナ、……この間精女はうつむい・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ とにかく弥一右衛門は何度願っても殉死の許しを得ないでいるうちに、忠利は亡くなった。亡くなる少し前に、「弥一右衛門奴はお願いと申すことを申したことはござりません、これが生涯唯一のお願いでござります」と言って、じっと忠利の顔を見ていたが、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・お前さんはまだ若い。こうなった方がかえってよかったかも知れない。あの男は神の恵みの下に眠るがよい。お前さんはとにかくまだ若いから」と云うような事であった。ユリアは頷いた。悲しげな女の目には近所の人達の詞に同意する表情が見えた。そしてこう云っ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・さらば物語は後になされよ。とにかくこの敗軍の体を見ればいとど心も引き立つわ」「引き立つわ、引き立つわ、糸のように引き立つわ。和主もこれから見参して毎度手柄をあらわしなされよ」「これからはまた新田の力で宮方も勢いを増すでおじゃろ。楠や・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・すると、俺は、すっかり憂鬱がなくなっちゃって、はしゃぎ廻ったもんだ。とにかく、あの頃は、俺も貧乏していたが、一番愉快だった。あれからは、俺もお前も、若い身空で苦労をした。しかし、まア、いいさ。どっちも、わがままのいい合いをして来たんだからね・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・あの赤坊は奇麗かは知りませんが、アノ従四位様のお家筋に坊の気高い器量に及ぶ者は一人もありません。とにかく坊はソックリそのまま、わたしの心には、あの赤んぼうよりか、だれよりか可愛くッてならないのだよ」と仰有って、少しだまっていらっしゃると思っ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ 洋画家の自然に対する態度はとにかく謙遜である。ある者は自然の前に跪拝し、ある者は自然を恋人のごとく愛慕する。そうして常に自然から教わるという心掛けを失わない。しかし日本画家は自然に対してあたかも雇主のごとき態度を持している。ある気分、・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫