・・・ 言いかけて、お君を犯したことをふと想いだし、何か矛盾めくことを言うようだったから、簡単な訓戒に止めることにした。 軽部はお君と結婚したことを後悔した。しかし、お君が翌年の三月男の子を産むと、日を繰ってみて、ひやっとし、結婚してよか・・・ 織田作之助 「雨」
・・・しかもこんどの手は生産を一時的にせよ停めるようなものだからな。生産を伴わねば失敗におわるに極まっている。方法自体が既に生産を停めているのだからお話にならんよ」 二人はそこで愉快そうに笑った。その愉快そうな声が新吉には不思議だった。しかし・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ そして安子はとりとめない友達の噂話をはじめながら、今夜はこの家で泊めて貰おうと思ったが、ふと気がつけばお仙はともかく、お仙の母親は、界隈の札つき娘で通っている女を泊めることが迷惑らしかった。安子はしばらく喋っていた後、「明日もしう・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・何だと訊ねると、みんな顔を見合わせて笑う、中には目でよけいな事をしゃべるなと止める者もある。それにかまわずかの水兵の言うには、この仲間で近ごろ本国から来た手紙を読み合うと言うのです。自分。そいつは聞きものだぜひ傍聴したいものだと言って座を構・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そして「今日以後永く他宗折伏を停めるならば、城西に愛染堂を建て、荘田千町を付けて衣鉢の資に充て、以て国家安泰、蒙古調伏の祈祷を願ひたいが、如何」とさそうた。このとき日蓮は厳然として、「国家の安泰、蒙古調伏を祈らんと欲するならば、邪法を禁ずべ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身から溢れた。それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・奥もかなり広くて、青山の親戚を泊めるには充分であったが、おとなから子供まで入れて五人もの客が一時にそこへ着いた時は、いかにもまだ新世帯らしい思いをさせた。「きのうまで左官屋さんがはいっていた。庭なぞはまだちっとも手がつけてない。」 ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・お爺さんが止めるのも聞かずに、馳出して行きました。この子供が木の実を拾いに行きますと、高い枝の上に居た一羽の橿鳥が大きな声を出しまして、「早過ぎた。早過ぎた。」と鳴きました。 気の短い弟は、枝に生って居るのを打ち落すつもりで、石ころ・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・そんな風であるから、どうして外の人の事に気を留める隙があろう。自分と一しょに歩いているものが誰だということをも考えないのである。連とはいいながら、どの人をも今まで見た事はない。ただふいと一しょになったのである。老人の前を行く二人は、跡から来・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・と小母さんが止めると、「だってお母さん。写真を薬でよくするんじゃありませんか」と泣きそうな顔をする。「それよりか写真屋さん。一昨日かしら写したあたしの写真はいつできるんですか」と藤さんが問う。小母さんも、「私ももう五六度写ったはずだ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫