・・・「大慈大悲は仏菩薩にこそおわすれ、この年老いた気の弱りに、毎度御意見は申すなれども、姫神、任侠の御気風ましまし、ともあれ、先んじて、お袖に縋ったものの願い事を、お聞届けの模様がある。一たび取次いでおましょうぞ――えいとな。…… や、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・少い人たち二人の処、向後はともあれ、今日ばかりは一杯でなしに、一口呑んだら直ぐに帰って、意気な親仁になれと云う。の、婆々どののたっての頼みじゃ。田鼠化為鶉、親仁、すなわち意気となる。はッはッはッ。いや。当家のお母堂様も御存じじゃった、親仁こ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・が、議論はともあれ、初めは微酔気味であったのが段々真剣になって低い沈んだ調子でポツリポツリと話すのが淋しい秋の寂寞に浸み入るような気がして、内心承服出来ない言葉の一つ一つをシンミリと味わせられた。「その女をどうしようッてのだい?」「・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 何はともあれ、人生の楽しみにして良書を得た時より、さらに深きものは他にないということができます。「書を読んで、悉く信ずれば、読まざるに如かず」という諺があります。蓋し、至言となします。いかに、尊敬する人の著書にしろ、時代に推移・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・「浄瑠璃みたいな文学的要素がちょっともあれへん」 と、言いきかせた。彼は国漢文中等教員検定試験の勉強中であった。それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、それを二人が最期日と、名残りの文のいいかわし、毎夜毎夜の死覚悟、魂抜けてと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それが原因でかなり見るべきところのあったその恋も無残に破れてしまったのである。けれども今もなお私は「月ヶ瀬」・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・悪い男云々を聴き咎めて蝶子は、何はともあれ、扇子をパチパチさせて突っ立っている柳吉を「この人私の何や」と紹介した。「へい、おこしやす」種吉はそれ以上挨拶が続かず、そわそわしてろくろく顔もよう見なかった。 お辰は娘の顔を見た途端に、浴衣の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 何はともあれ、小沢は著ていたレインコートをあわてて脱いだ。 そして、娘の裸の体へぱっと著せてやった。「ありがとう」雨の音で消されてしまうくらいの小さな声で言って、娘は飛びつくように、レインコートにくるまってしまうと、ほっとした・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・掛けては置くものだと、それをもって世間狭い大阪をあとに、ともあれ東京へ行く、その途中、熱海で瞳は妊娠していると打ち明けた。あんたの子だと言われるまでもなく、文句なしにそのつもりで、きくなり喜んだが、何度もそれを繰りかえして言われると、ふと松・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・白の袖夕風に吹き靡かすを認めあれはと問えば今が若手の売出し秋子とあるをさりげなく肚にたたみすぐその翌晩月の出際に隅の武蔵野から名も因縁づくの秋子をまねけば小春もよしお夏もよし秋子も同じくよしあしの何はともあれおちかづきと気取って見せた盃が毒・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫