・・・「ああ、ほんとうに、とんだことになったもんだ。いくら金もうけになるといって、自分の命がなくなってしまって、なんになろう。もう、みんなこの宝石はいらない。だれか自分を助けてくれたら、どんなにありがたいだろう。」と、宝石商は、つくづくと思い・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・きけばお困りになって、商売道具をお売りなさるとか、とんだことです。私は、ここに金を置いてゆきますから、このつぎきますまでに、そんなかわいそうなくまでない、もっと恐ろしい大ぐまをしとめて、きもをとっておいてください。」といって、金を渡してゆき・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・ 男はこの時気のついたように徳利を揮って見て、「ははは、とんだ滅入った話になって、酒も何も冷たくなってしまった。お光さん、ちっともお前やらねえじゃねえか、遠慮をしてねえでセッセと馬食ついてくれねえじゃいけねえ」と言いながら、手を叩いて女・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 奥さん、とんだ、おかるだね」 私たちは、声を合せて笑いました。 その夜、十時すぎ、私は中野の店をおいとまして、坊やを背負い、小金井の私たちの家にかえりました。やはり夫は帰って来ていませんでしたが、しかし私は、平気でした。あすまた、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ ――どうも、とんだ災難でございましたね。(と検事は芸術家に椅子を薦奥さんのおっしゃる事は、ちっとも筋道がとおりませんので、私ども困って居ります。一体、どういう原因に拠る決闘だか、あなたは、ご存じなんですね。 ――存じません。 ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・以後、決して他でお噂申しませぬゆえ、此のたびに限り、御寛恕ください。とんだところで大失敗いたしました。さて、お言いつけの原稿用紙、今月はじめ五百枚を、おとどけ申しましたばかりのところ、また、五百枚の御註文、一驚つかまつりました。千枚、昨夜お・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「いや、その声は泣いてる声だ。とんだ色男さ。」 闇商売の手伝いをして、道徳的も無いものだが、その文士の指摘したように、田島という男は、多情のくせに、また女にへんに律儀な一面も持っていて、女たちは、それ故、少しも心配せずに田島に深くた・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・という長編を読み、とんだ時間つぶしをしたと愚痴を言っていたのを、私は幼い時に聞いて覚えている。 しかし、その家系には、複雑な暗いところは一つも無かった。財産争いなどという事は無かった。要するに誰も、醜態を演じなかった。津軽地方で最も上品・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・私は驚いて「どうもとんだ粗相をしました」と云うと、主人は、「いや、どう致しまして、一体この置き所も悪いものですから」と云った。そして、「このつれならまだいくらでもありますから、どうぞいいのを御持ち下さい」という。 一体私がこの壷を買う事・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・両人とも両手が塞がっている。とんだ道行だ。角まで出て鉄道馬車に乗る。ケニングトンまで二銭宛だ。レデーは私が払っておきますといって黒い皮の蟇口から一ペネー出して切符売に渡した。乗合は少ない。向側に派出ななりをしている若い女が乗っている。すると・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫