・・・でもわたしびっくりしたので、いまだに動悸がしますわ。ひどく打ったのに、痛くもなんともないのですもの。ちょうどそっと手をさすってくれたようでしたわ。真っ赤な、ごつごつした手でしたのに、脣が障ったようでしたわ。そうでなけりゃ心の臓が障ったようで・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 己は直ぐにその明りを辿って、家の戸口に行って、少し動悸をさせながら、戸を叩いた。 内からは「どうぞ」と、落ち着いた声で答えた。 己は戸を開けたが、意外の感に打たれて、閾の上に足を留めた。 ランプの点けてある古卓に、エルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・柔らかで細かい、静かで淡い全体の調子も、この動機を力強く生かせている。 このような淡い繊弱な画が、強烈な刺激を好む近代人の心にどうして響くか、と人は問うであろう。しかしその答えはめんどうでない。極度に敏感になった心には、微かな濃淡も強す・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・私は動悸の高まるのを覚えた。私は嬉しさに思わず両手を高くささげた。讃嘆の語が私の口からほとばしり出た。坂の途中までのぼった時には、私はこの喜びを愛する者に分かちたい欲望に強くつかまれていた。―― 私は思う、要するにこれが創作の心理ではな・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫