・・・三歳の童子もよくこれを知っているといいたいところである。円い玉子はこのように切るべきだと、地球が円いという事実と同じくらい明白である。しかし、この明白さに新吉は頼っておられなかったのだ。よしんば、その公式で円い玉子が四角に割り切れても、切れ・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・四五歳の童子や童女達であった。「見てやしないだろうな」と思いながら堯は浅く水が流れている溝のなかへ痰を吐いた。そして彼らの方へ近づいて行った。女の子であばれているのもあった。男の子で温柔しくしているのもあった。穉い線が石墨で路に描かれて・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・かかる間に卓上の按排備わりて人々またその席につくや、童子が注ぎめぐる麦酒の泡いまだ消えざるを一斉に挙げて二郎が前途を祝しぬ。儀式はこれにて終わり倶楽部の血はこれより沸かんとす。この時いずこともなく遠雷のとどろくごとき音す、人々顔と顔見合わす・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・水門を下ろす童子あり。灘村に舟を渡さんと舷に腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背低き櫨堤の上に樹ちて浜風に吹かれ、紅の葉ごとに光を放つ。野末はるかに百舌鳥のあわただしく鳴くが聞こゆ。純白の裏羽を日にかがやかし鋭く羽風を切って飛ぶは魚鷹なり・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 道二つに岐れて左の方に入れば、頻都廬、賽河原、地蔵尊、見る目、かぐ鼻、三途川の姥石、白髭明神、恵比須、三宝荒神、大黒天、弁才天、十五童子などいうものあり。およそ一町あまりにして途窮まりて後戻りし、一度旧の処に至りてまた右に進めば、幅二・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくば・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳を二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。落人の借衣すずしく似合いけり。この柄は、このごろ流行と借衣言い。その袖・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を・・・ 太宰治 「喝采」
・・・そのとき、高橋の顔に、三歳くらいの童子の泣きべそに似た表情が一瞬ぱっと開くより早く消えうせた。『まるで気違いみたいだろう?』ともちまえの甘えるような鼻声で言って、寒いほど高貴の笑顔に化していった。私は、医師を呼び、あくる日、精神病院に入院さ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・不文の中、ところどころ片仮名のページ、これ、わが身の被告、審判の庭、霏々たる雪におおわれ純白の鶴の雛一羽、やはり寒かろ、首筋ちぢめて童子の如く、甘えた語調、つぶらに澄める瞳、神をも恐れず、一点いつわらぬ陳述の心ゆえに、一字一字、目なれず綴り・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫