・・・ 使者の言ひけるは、 汝の手を童子より放て、 何をも彼に為すべからず、 汝はそのひとりごをも、わがために惜まざれば、われいま汝が神を畏るるを知る。 云々というような事で、イサクはどうやら父に殺されずにすんだのであるが、し・・・ 太宰治 「父」
・・・ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・君が僕を見つけたのと、僕が君を見つけたのと、ほとんど同時くらいであったようだ。「や。」「や。」 という具合になり、君は軍律もクソもあるものか、とばかりに列から抜けて、僕のほうに走り寄り、「お待たせしまスた。どうスても、逢いた・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・舞踊演劇楽劇は空間的で同時に時間的であるという点では映画と同様である。しからばこれらの在来の時空四次元的芸術と映画といかなる点でいかに相違するかという問題が起こって来る。 まず最も分明な差別はこれらの視覚的対象と観客との相対位置に関する・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そこでこの容器の底に穴をあけて水を流出させれば水面の降下につれて栓と棒とが降下するのであるが、その穴の大きさをうまく調節すると二つの土器の二つの棒が全く同じ速度で降下しいつでも同じ通信文が同時に容器の口のところに来ているようになるのである。・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・その蝉の声と背中の熱い痛さとが何かしら相関関係のある現象であったかのような幻覚が残っている。同時にまた灸の刺激が一種の涼風のごときかすかな快感を伴なっていたかのごとき漠然たる印象が残っているのである。 背中の灸の跡を夜寝床ですりむいたり・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・地球上の物体が地面に向かって落ちる事は三尺の童子もこれを知る。これも知るである。空気の抵抗その他をなくすればほぼ一秒間九・八メートルの加速度をもって落つる事は中等教育を受けた者はともかくも一度物理学教科書に教えられる。しかしこれだけの簡単な・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・従って個体相互の間で「同時」という事がよほど複雑な非常識的なものになってしまう。しかしそこにまたこの時計の妙味もあるのである。譬喩を引けば浦島太郎が竜宮の一年はこの世界の十年に当たるというような空想や、五十年の人生を刹那に縮めて嘗め尽くすと・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・あの裸体の少女でも、あれを少しどうかすると支那画の童子のような感じが出そうである。 そう云えば、すぐ隣りにある山下氏の絵にもやはり東洋人が顔を出している。雪景色の絵などはどこか広重の版画の或るものと共通な趣を出している。 津田君の小・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・また大江山の酒顛童子の話とよく似た話がシナにもあるそうであるが、またこの話はユリシースのサイクロップス退治の話とよほど似たところがある。のみならずこのシュテンドウシがアラビアから来たマレイ語で「恐ろしき悪魔」という意味の言葉に似てお・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫