・・・定まった弾条に定まった重量を吊し、定まった温度その他の同時的条件を一切一様にしても、その長さは一定しないのである。すなわち過去において受けた取扱い如何によって種々の長さを与えるのである。一匁の分銅を一分間吊した後と、一時間あるいは一昼夜吊し・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・ 北極をめぐる諸科学国が互いに協力して同時的に気象学的ならびに一般地球物理学的観測を行なういわゆるインターナショナル・ポーラー・イヤーに際会してソビエト政府は都合八組の観測隊を北氷洋に派遣した。その中の数隊は極北の島々にそれぞれの観測所・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
プドーフキンやエイゼンシュテインらの映画の芸術的価値が世界的に認められると同時に彼らのいわゆるモンタージュの理論がだいぶ持てはやされ、日本でもある方面ではこのモンタージュということが一種のはやり言葉になったかのように見える・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・もっとも、ただの一句でもそれを読む時の感官的活動は時間的に進行するので、決して同時にいろいろの要素表象が心に響くのではないが、しかし一句としてのまとまった感じは一句を通覧した時に始めて成立するのであるから、物理的には同時でなくても心理的には・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・と押し殺すような声で云ったのと同時であった。「誰だい?」 彼は、大きな声で呶鳴った。「中村だがね、ちょっと署まで来て貰いたいんだ」――誰だい――と呼ぶ吉田の声が、鋭く耳を衝いたので、子供が薄い紙のような眠りを破られた。・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・いまより十年を過ぎなば、童子は一家の主人となりて業を営み、女子は嫁して子を生み、生産の業、世間に繁昌し、子を教うるの道、家に行われ、人間の幸福、何物かこれに比すべけん。今年すでに一万五千の数あり、明年に至らば、また増して三万となり、他の府県・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯と紙を捧げていた。象は早速手紙を書いた。「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」 童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。 赤衣の童子が、そうして山・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・「……童子のです。」「童子ってどう云う方ですか。」「雁の童子と仰っしゃるのは。」老人は食器をしまい、屈んで泉の水をすくい、きれいに口をそそいでからまた云いました。「雁の童子と仰っしゃるのは、まるでこの頃あった昔ばなしのような・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
ぼくらの方の、ざしき童子のはなしです。 あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、庭であそんでおりました。大きな家にだれもおりませんでしたから、そこらはしんとしています。 ところが家の、どこか・・・ 宮沢賢治 「ざしき童子のはなし」
・・・雪狼のうしろから白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果のようにかがやかしながら、雪童子がゆっくり歩いて来ました。 雪狼どもは頭をふってくるりとまわり、またまっ赤な舌を吐いて走りました。「カシオピイア、 もう水仙が咲き出す・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
出典:青空文庫