・・・何でも事の起りは、あの界隈の米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩をしたのですな。どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、つまらない事からなのでしょう。そうして、その揚句に米屋の亭主の方が、紺屋の職人に桶で散々撲られたのだそう・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・其処が地球と違ってるね』『其処ばかりじゃない』『どうせ違ってるさ。それでね、僕も看客の一人になってその花道を行ったとし給え。そして、並んで歩いてる人から望遠鏡を借りて前の方を見たんだがね、二十里も前の方にニコライの屋根の尖端が三つば・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・ 立花も莞爾して、「どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。」「旨く行ったのね。」「旨く行きましたね。」「後で私を殺しても可いから、もうちと辛抱なさいよ。」「お稲さん。」「ええ。」となつかしい低・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 去年母の三年忌で、石塔を立て、父の名も朱字に彫りつけた、それも父の希望であって、どうせ立てるならばおれの生きてるうちにとのことであったが、いよいよでき上がって供養をしたときに、杖を力に腰をのばして石塔に向かった父はいかにも元気がなく影・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ もうどうしても逃る事が出来ないのだからと云って首を討った翌日親の様子をきいてかくれて居た身をあらわして出て来たのをそのままつかまってこの女も討れてしまった。どうせ一度はさがされて見つけ出されるものを、「お前が早く出れば何の事もなくて助・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・「今の僕なら、君」と少し多言になって来た。友人は、酒のなみなみつげてる猪口を右の手に持ったがまた、そのままおろしてしまった。「今の僕なら、どうせ、役場の書記ぐらいで満足しとるのやもの、徴兵の徴の字を見ても、ぞッとする程の意気地なしやけど、あ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・というと、まだ話が仕足りなさそうな容子で、「どうせ最う眠られんから運動がてら其辺まで送って行こう」とムックリ起上って、そこそこに顔を洗ってから一緒に家を出で、津の守から坂町を下り、士官学校の前を市谷見附まで、シラシラ明けのマダ大抵な家の雨戸・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
フットボールは、あまり坊ちゃんや、お嬢さんたちが、乱暴に取り扱いなさるので、弱りきっていました。どうせ、踏んだり、蹴ったりされるものではありましたけれども、すこしは、自分の身になって考えてみてくれてもいいと思ったのであります。 し・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・「明日だって、どうせ外へ出てでかすんだろうがね、それじゃ私の方で困らあね。今夜何か品物でも預かっとこう。」「品物といって――何しろ着のみ着のままで……」「さっきお前さんが持って上った日和下駄、あれは桐だね。鼻緒は皮か何だね。」・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 焼餅やきや言うてしまへんでしたか。どうせそんなことでっしゃろ。なにが、僕が焼餅やきますかいな。彼女の方が余っ程焼餅やきでっせ。一緒に道歩いてても、僕に女子の顔見たらいかん、こない言いよりまんねん。活動見ても、綺麗な女優が出て来たら、眼エつ・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫