・・・が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕でも瓶子でも、皆赭ちゃけた土器の肌をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。どうやらこの家の棟ばかりは、燕さえも巣を食わないらしい・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 尉官は眉を動かしぬ。「ふむ。しかし通、吾を良人とした以上は、汝、妻たる節操は守ろうな。」 お通は屹と面を上げつ、「いいえ、出来さえすれば破ります。」 尉官は怒気心頭を衝きて烈火のごとく、「何だ!」 とその言を再・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・それはそうと、なにかこのあたりで、おもしろい土器の破片か、勾玉のようなものを拾った話をききませんか。」と、紳士はたずねました。「僕、勾玉を拾いました。それからかけたさかずきのようなものも拾って持っています。」「勾玉? さかずきのかけ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・おしかは神棚から土器をおろして、種油を注ぎ燈心に火をともした。 両人はその灯を頼りに、またしばらく夜なべをつゞけた。 と、台所の方で何かごと/\いわす音がした。「こりゃ、くそッ!」おしかはうしろへ振り向いた。暗闇の中に、黄色の玉・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・寒月子の図も成りければ、もとのところに帰り、この塚より土器の欠片など出したる事を耳にせざりしやと問えば、その様なることも聞きたるおぼえあり、なお氷雨塚はここより少しばかり南へ行きたる処の道の東側なる商家のうしろに二ツほどありという。さらばそ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ この次郎の怒気を帯びた調子が、はげしく私の胸を打った。 兄とは言っても、そのころの次郎はようやく十三歳ぐらいの子供だった。日ごろ感じやすく、涙もろく、それだけ激しやすい次郎は、私の陰に隠れて泣いている妹を見ると、さもいまいましそう・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・たとえば「くれ縁に銀土器を打ちくだき」に付けて「身ほそき太刀のそるかたを見よ」とする。この付け方を「打てば響くごとし」と評してあるが、試みに映画の一場面にこの二つのショットを継起せしめたと想像すれば、その観客に与える印象はおそらく打てば響く・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 先ず同じ形で同じ寸法の壺のような土器を二つ揃える。次にこの器の口よりもずっと小さい木栓を一つずつ作ってその真中におのおの一本の棒を立てる。この棒に幾筋も横線を刻んで棒の側面を区分しておいてそれからその一区分ごとに色々な簡単な通信文を書・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・「ちやんぬりの油土器」「しぼみ形の莨入、外の人のせぬ事」で三万両を儲けた話には「いかにはんじやうの所なればとて常のはたらきにて長者には成がたし」などと云っている。どんな行きつまった世の中でもオリジナルなアイディアさえあればいくらでも金儲けの・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 雑煮の膳には榧実、勝栗、小殿原を盛合わせた土器の皿をつけるという旧い習慣を近年まで守って来た。小殿原はためしにしゃぶってみたことがあり、勝栗もかじってみたことがあるが榧の実ばかりは五十年間ただ眺めて来ただけである。いつか正月の朝の膳に・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
出典:青空文庫