・・・ 殺した声と、呻く声で、どたばた、どしんと音がすると、万歳と、向二階で喝采、ともろ声に喚いたのとほとんど一所に、赤い電燈が、蒟蒻のようにぶるぶると震えて点いた。 七 小春の身を、背に庇って立った教授が、見ると・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・』『いやな、』と娘は言って座敷の方へどたばたと逃げ出してしまった。『出直した、出直した。その方がいい、あばよ、』と言って主人はよろめきながら出て来たが、火鉢の横にころりと寝たかと思うとすぐ大いびきをかいている。『ほんとにこんなと・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ それからお俊と頭領がどたばた荷ごしらいをするようでしたが、間もなくお俊が私の傍に参りまして、『いろいろわけがあるのだから、悪く思っちゃアいけませんよ、さようなら、お大事に』 二人は出て行きました。私は泣くこともわめくこともできませ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・しばらくして、宿の廊下が、急にどたばた騒がしくなり、女中さんたちの囁き、低い笑声も聞える。私は、兄の叱咤の言よりも、そのほうに、そっと耳をすましていた。ふっと一言、聴取出来た。私は、敢然と顔を挙げ、「提燈行列です。」と兄に報告した。・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ 嘉七は、自分の蒲団をどたばたひいて、それにもぐった。 よほど酔っていたので、どうにか眠れた。ぼんやり眼がさめたのは、ひる少し過ぎで、嘉七は、わびしさに堪えられなかった。はね起きて、すぐまた、寒い寒いを言いながら、下のひとに、お酒を・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・果してその夜、先生はどたばたと宿の階段をあがって来て私の部屋の襖をがらりとあけて、「山椒魚はどれ、どこに。」と云って、部屋の中を見廻した。宿の部屋をのそのそ這いまわっていたのを私が見つけて、電報で知らせたとでも思っていたらしい。やっぱり・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・大隅君は、私のどたばた働く姿を寝ながら横目で見て、「君は、めっきり尻の軽い男になったな。」と言って、また蒲団を頭からかぶった。 その日は、私が大隅君を小坂氏のお宅へ案内する事になっていた。大隅君と小坂氏の令嬢とは、まだいちども逢・・・ 太宰治 「佳日」
・・・やがて廊下に、どたばた足音がして、「や、図星なり、図星なり。」勝治の大きな声が聞えた。ひどく酔っているらしい。「白状すれば、妹には非ず。恋人なり。」まずい冗談である。 節子は、あさましく思った。このまま帰ろうかと思った。 ランニ・・・ 太宰治 「花火」
・・・私もみじめですし、また、そんな事は何も知らずにどたばた立ち働いているその田舎女にも気の毒です。数枝さん、私はあなたのためにもう一生、妻をめとられない男になりました。島田の出征の事は、私は少しも知りませんでした。島田の小説がこの数年来ちっとも・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫