・・・其の陳腐にして興味なきことも亦よく予想せられるところであるが、これ却って未知の新しきものよりも老人の身には心易く心丈夫に思われ、覚えず知らず行を逐って読過せしめる所以ともなるのであろう。この間の消息は直にわたくしが身の上に移すことが出来る。・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・約言すれば、艶麗の中にどっか寂しい所のあるのが、ツルゲーネフの詩想である。そして、其の当然の結果として、彼の小説には全体に其の気が行き渡っているのだから、これを翻訳するには其の心持を失わないように、常に其の人になって書いて行かぬと、往々にし・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・「あした僕は又どっかであうよ。学校から帰る時もし僕がここに居たようならすぐおいで。ね。みんなも連れて来ていいんだよ。僕はいくらでもいいこと知ってんだよ。えらいだろう。あ、もう行くんだ。さよなら。」 又三郎は立ちあがってマントをひろげ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。「いや、・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、金米糖を投げ出しました。ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、おじぎをしました。いたちはいよいよおこって叫びました。「えい、早く行ってしまえ。てめえの取った、のこりなん・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・しかしどっかやっぱり調子が変だね。」地学博士が少し顔色が青ざめて斯う云いました。「調子が変なばかりじゃない、議論がみんな都合のいいようにばかり仕組んであるよ。どうせ畜産組合の宣伝書だ。」と一人のトルコ人が云いました。 そのとき又向う・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・そこで彼は三昼夜べろべろにのんだくれ、その結果として、バタ工場に属す馬をどっかへなくしてしまった。グロデーエフは三頭馬をもっている。以前グロデーエフは何人か小作人をもっていた。現在十九歳の小作人ニコライ・クリコフを使っている。 ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ この犬、どっかから逃げて来たんだって。小さい男の子が、そんなことを云いながら、せんべを犬の方へ投げてやった。歯音をカリカリ立ててすぐ喰べた。ひどくおなかすかしているの。というのは本当らしい。 人間が椅子の上でちょいと体を動かしても・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・これまで家を持たなかったわけではないから、いろいろな世帯道具は大体古くからのがあったが、鍋や釜、火箸、金じゃくし、灰ふるい、五徳、やかんの類は、そう大していいものをつかっていた訳もないので、みんなどっかへとんでしまったり、悪くなったりしてい・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・ けれ共、どっか、そっ方を見て居たお金が、切った様な瞼を真正面お君の方に向けて、ホヤホヤとした髪をかぶった顔を見つめた時、何か、お腹の中に思って居る事まで、見て仕舞われそうな気持がして、夜着の袖の中で、そっかりと、何のたそくにもならない・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫