・・・ すると、その臂と云うんで、またどっと来たじゃないか。ほかの芸者まで一しょになって、お徳のやつをひやかしたんだ。 ところが、お徳こと福竜のやつが、承知しない。――福竜がよかったろう。八犬伝の竜の講釈の中に、「優楽自在なるを福竜と名づ・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ 父は勿論、母や伯母も一時にどっと笑い出した。が、必ずしもその笑いは機智に富んだ彼の答を了解したためばかりでもないようである。この疑問は彼の自尊心に多少の不快を感じさせた。けれども父を笑わせたのはとにかく大手柄には違いない。かつまた家中・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・するとその大川の上にどっと何かの雪崩れる音がした。僕のまわりにいた客の中には亀清の桟敷が落ちたとか、中村楼の桟敷が落ちたとか、いろいろの噂が伝わりだした。しかし事実は木橋だった両国橋の欄干が折れ、大勢の人々の落ちた音だった。僕はのちにこの椿・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・青年たちはそのていたらくにまたどっと高笑いをした。「新妻の事でも想像して魂がもぬけたな」一人がフランシスの耳に口をよせて叫んだ。フランシスはついた狐が落ちたようにきょとんとして、石畳から眼をはなして、自分を囲むいくつかの酒にほてった若い笑顔・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度という恐ろしい熱を出してどっと床についた時の驚きもさる事ではある・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 北をさすを、北から吹く、逆らう風はものともせねど、海洋の濤のみだれに、雨一しきり、どっと降れば、上下に飛かわり、翔交って、かあ、かあ。 ひょう、ひょう。かあ、かあ。 ひょう、ひょう。かあ、かあ。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・かつて、彼の叔父に、ある芸人があったが、六十七歳にして、若いものと一所に四国に遊んで、負けない気で、鉄枴ヶ峰へ押昇って、煩って、どっと寝た。 聞いてさえ恐れをなすのに――ここも一種の鉄枴ヶ峰である。あまつさえ、目に爽かな、敷波の松、白妙・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「正寅の刻からでござりました、海嘯のように、どっと一時に吹出しましたに因って存じておりまする。」と源助の言つき、あたかも口上。何か、恐入っている体がある。「夜があけると、この砂煙。でも人間、雲霧を払った気持だ。そして、赤合羽の坊主の・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・といって、どっと押しよせてきました。そして、長い間自分たちをだましていた正体を見破ってしまいました。「こんな、まがった竹がなんになるんだ。」といって、すずめたちは弓にとまりました。 旅をして帰った、じいさんの息子が、「いまごろ、・・・ 小川未明 「からすとかがし」
・・・と、そんなところへも色町からくりだした踊りの群が流れこんできて、エライコッチャエライコッチャと雑鬧を踊りの群が入り乱れているうちに、頭を眼鏡という髪にゆって、襟に豆絞りの手拭を掛けた手古舞の女が一人、どっと押しだされてよろよろと私の店の上へ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫