・・・「ちょっと伺いますが、ここはいったい何という所でしょう、やっぱり何町の内なんですか。」「なあにお前さん、ここはもう何々村って、村でさ。」「何々村――何々村には何でしょうか、どこかその……泊めてもらうような所はないでしょうか。」私・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「何だい卑怯なことを、お前も父の子じゃねえか」「だって、女の飲んだくれはあんまりドッとしないからね」「なあに、人はドッとしなくっても、俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄でも転がすようなのが好きだ」「おや、御馳走様! どこ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「やっぱし僕達に引越せって訳さ。なあにね、明日あたり屹度母さんから金が来るからね、直ぐ引越すよ、あんな奴幾ら怒ったって平気さ」 膳の前に坐っている子供等相手に、斯うした話をしながら、彼はやはり淋しい気持で盃を嘗め続けた。 無事に・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「犯人はこいつにきまったんだ。何も云うこたないじゃないか。」 老人の左腕を引っぱっている上等兵が、うしろへ向いて云った。「なあに、こんな百姓爺さんが偽札なんぞようこしらえるもんか! 何かの間違いだ。」 老人は、白樺の下までつ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「これッ! 用があるんだよ!」「なあに?」「用があるんだってば!」彼女はきつい顔をして見せた。 二人の娘は、広場を振りかえって見ながら渋々母のあとからついて来た。お里は歩きながら、反物のことを訊ねた。「お母あ、どうしたん・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・「おい、いくら露助だって、生きてゆかなきゃならんのだぜ。いいものばかりをかっぱらわれてたまるものか!」 栗本の声は不機嫌にとげ立っていた。「なあに、××が許してることはやらなけりゃ損だよ。」 珍しい、金目になるものを奪い取り・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 源三はいささかたじろいだ気味で、「なあに、無暗に駈け出して甲府へ行ったっていけないということは、お前の母様の談でよく解っているから、そんな事は思ってはいないけれど、余り家に居て食い潰し食い潰しって云われるのが口惜いから、叔父さんに・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ところが長々は、「なあに、おれがつかまえて見せる。」と言いながら、水の中へ頭をつきこんで、するするとからだをそこまでのばしました。そして両手でもって、水のそこをすみからすみまでのこらずかきさがしました。すると魚はどこへかくれているのか、・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・それでなければ犯罪だ。なあに、うまくいきますよ。自分さえがっちりしてれあ、なんでもないんだ。人を殺すもよし、ものを盗むもよし、ただ少しおおがかりな犯罪ほどよいのですよ。大丈夫。見つかるものか。時効のかかったころ、堂々と名乗り出るのさ。あなた・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・「なあに、うまくいきますよ。」北さんはひとり意気軒昂たるものがあった。「あなたは柳生十兵衛のつもりでいなさい。私は大久保彦左衛門の役を買います。お兄さんは、但馬守だ。かならず、うまくいきますよ。但馬守だって何だって、彦左の横車には、かな・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫