・・・ が、蔵前を通る、あの名代の大煙突から、黒い山のように吹出す煙が、渦巻きかかって電車に崩るるか、と思うまで凄じく暗くなった。 頸許がふと気になると、尾を曳いて、ばらばらと玉が走る。窓の硝子を透して、雫のその、ひやりと冷たく身に染むの・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ が、蔵前を通る、あの名代の大煙突から、黒い山のように吹出す煙が、渦巻きかかって電車に崩るるか、と思うまで凄じく暗くなった。 頸許がふと気になると、尾を曳いて、ばらばらと玉が走る。窓の硝子を透して、雫のその、ひやりと冷たく身に染むの・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・「おっかさんの名代だ、娘に着せるのに仔細ない。」「はい、……どうぞ。」 くるりと向きかわると、思いがけず、辻町の胸にヒヤリと髪をつけたのである。「私、こいしい、おっかさん。」 前刻から――辻町は、演芸、映画、そんなものの・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・「おっかさんの名代だ、娘に着せるのに仔細ない。」「はい、……どうぞ。」 くるりと向きかわると、思いがけず、辻町の胸にヒヤリと髪をつけたのである。「私、こいしい、おっかさん。」 前刻から――辻町は、演芸、映画、そんなものの・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・総領は児供の時から胆略があって、草深い田舎で田の草を取って老朽ちる器でなかったから、これも早くから一癖あった季の弟の米三郎と二人して江戸へ乗出し、小石川は伝通院前の伊勢長といえばその頃の山の手切っての名代の質商伊勢屋長兵衛方へ奉公した。この・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・総領は児供の時から胆略があって、草深い田舎で田の草を取って老朽ちる器でなかったから、これも早くから一癖あった季の弟の米三郎と二人して江戸へ乗出し、小石川は伝通院前の伊勢長といえばその頃の山の手切っての名代の質商伊勢屋長兵衛方へ奉公した。この・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・尤も一と頃倫敦の社交夫人間にカメレオンを鍾愛する流行があったというが、カメレオンの名代ならYにも勤まる。 そういえばYの衣服が近来著るしく贅沢になって来た。新裁下しのセルの単衣に大巾縮緬の兵児帯をグルグル巻きつけたこの頃のYの服装は玄関・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・尤も一と頃倫敦の社交夫人間にカメレオンを鍾愛する流行があったというが、カメレオンの名代ならYにも勤まる。 そういえばYの衣服が近来著るしく贅沢になって来た。新裁下しのセルの単衣に大巾縮緬の兵児帯をグルグル巻きつけたこの頃のYの服装は玄関・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・かつて或る暴風雨の日に俄に鰻が喰いたくなって、その頃名代の金杉の松金へ風雨を犯して綱曳き跡押付きの俥で駈付けた。ところが生憎不漁で休みの札が掛っていたので、「折角暴風雨の中を遥々車を飛ばして来たのに残念だ」と、悄気返って頻に愚痴ったので、帳・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・かつて或る暴風雨の日に俄に鰻が喰いたくなって、その頃名代の金杉の松金へ風雨を犯して綱曳き跡押付きの俥で駈付けた。ところが生憎不漁で休みの札が掛っていたので、「折角暴風雨の中を遥々車を飛ばして来たのに残念だ」と、悄気返って頻に愚痴ったので、帳・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫