・・・ そしてそのかなり調子のなだらかな言葉を自分の髪の中に編み込む様に耳を被うてふくれた髪を人指指と拇指の間で揉んで居た。 のけものにされた様にして居た篤は千世子に髪の結い方をきいた。「何んになさるんです? 私の髪なんか。」・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 高い上の方の洞に寄生木の育っている、大きな大きな欅の根元に倚りかかりながら、彼女はなだらかな起伏をもって続いているこの柔かい草に被われた地の奥を想う。 縦横に行き違っている太い、細い、樹々の根の網の間には、無数の虫螻が、或は暖く蟄・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 赤面の棒鼻をした白髪の天狗が赤い着物を着羽根の団扇を持って何処の木の上に止まって居るだろうと、只なだらかに浮いて見える山の姿に目を凝した。 勿論偉い天狗様は見え様筈もなかったけれ共、叔父は天狗の事から又神様の事を話し出した。彼は非・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ざみの中の撫子かそれよりもまだ立ちまさって美しく見えて居る紫の君は扇で深くかおをかくして居ながらもその美くしさをしのばする、うなじの白さ、頬の豊けさ、うす紅にすきとおるような耳たぼ、丈にあまる黒かみをなだらかにゆるがせておぼろ月のかげを斜に・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ ところどころ崩れ落ちて、水に浸っている堤の後からは、ズーとなだらかな丘陵が彼方の山並みまで続いて、ちょうど指で摘み上げたような低い山々の上には、見事な吾妻富士の一帯が他に抽でて聳えている。 色彩に乏しい北国の天地に、今雪解にかかっ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・日光が金粉をまいたように水面に踊って、なだらかな浪が、彼方の岸から此方の岸へと、サヤサヤ、サヤとよせて来るごとに、浅瀬の水草が、しずかにそよいで居る。 その池に落ち込む小川も、又一年中、一番好い勢でながれて居る。はるかな西のかん木のしげ・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 池の水は深く深くなだらかにゆらいで、小川と池の堺の浅瀬に小魚の銀の背が輝く。こうした生々した様子になると、赤茶色の水気多い長々と素なおな茎を持った菱はその真白いささやかな花を、形の良い葉の間にのぞかせてただよう。 夕方は又ことに驚・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・いかにもなだらかにほどけるのであって、ぱっと開くのではない。が、それとは別に、クイというふうな短い音は、遠く近くで時々聞こえてくる。何だかその頻度が増してくるように思われる。それを探すような気持ちであちこちをながめていると、水面の闇がいくら・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・それほど何げのない、なだらかな、当たり前の形をしているからである。しかるにその、「なんにもない」と思われていた形の中から、対立者に応じて溌剌としたものが湧き出て来る。たとえば桜田門がそれである。あの門外でながめられるお濠の土手はかなりに高い・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・見る目には三人の使い手の体の運動があたかも巧妙な踊りのごとくに隙間なく統一されてなだらかに流れて行くように見える。ただ一つの躊躇、ただ一つのつまずきがこの調和せる運動を破るのである。しかしこの一つの運動を形成する三人はあくまでも三人であって・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫