・・・久米は、曲禄の足をなでながら、うんとかなんとかいいかげんな返事をしていた。 斎場を出て、入口の休所へかえって来ると、もう森田さん、鈴木さん、安倍さん、などが、かんかん火を起した炉のまわりに集って、新聞を読んだり、駄弁をふるったりしていた・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。その又・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ 甲板士官はこう答えたなり、今度は顋をなでて歩いていた。海戦の前夜にK中尉に「昔、木村重成は……」などと言い、特に叮嚀に剃っていた顋を。…… この下士は罰をすました後、いつか行方不明になってしまった。が、投身することは勿論当直のある・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・けれどもあんまりかわいそうなので、こわごわ遠くから頭をなでてやったら、鼻の先をふるわしながら、目をつぶって頭をもち上げた。それを見たらぼくはきたないのも気味の悪いのもわすれてしまって、いきなりそのそばに行って頭をかかえるようにしてかわいがっ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・(翼ッて聞いた時、莞爾笑って両方から左右の手でおうように私の天窓を撫でて行った、それは一様に緋羅紗のずぼんを穿いた二人の騎兵で――聞いた時――莞爾笑って、両方から左右の手で、おうように私の天窓をなでて、そして手を引あって黙って坂をのぼっ・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・果は怨めしくもなるに、心激して、「どうするんです、ミリヤアド、もうそんなでいてどうするの。」 声高にいいしを傍より目もて叱られて、急に、「何ともありませんよ、何、もう、いまによくなります。」 いいなおしたる接穂なさ。面を背け・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ 横なでをしたように、妹の子は口も頬も――熟柿と見えて、だらりと赤い。姉は大きなのを握っていた。 涎も、洟も見える処で、「その柿、おくれな、小母さんに。」 と唐突にいった。 昔は、川柳に、熊坂の脛のあたりで、みいん、みい・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・おとよさアなで今日はうたわねいか」 だれもうたわない。サッサッと鎌の切れる音ばかり耳に立ってあまり話するものもない。清さんはお袋と小声でぺちゃくちゃ話している。満蔵はあくびをしながら、「みんな色気があるからだめだ。省作さんがいれば、・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ くりくりと毛を刈ったつむり、つやつやと肥ったその手や足や、なでてさすって、はてはねぶりまわしても飽きたらぬ悲しい奈々子の姿は、それきり父の目を離れてしまった。おんもといい、あっこといい、おっちゃんといったその悲しい声は永遠に父の耳を離・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・「そんなら省さん、なで深田へ養子にいった」 お千代はこう言ってハヽヽヽヽと笑う。「それもおとよさんが行けって言ったからさ」「もうやめだやめだ、こんなこといってると、鴨に笑われる。おとよさん省さん、さあさあ蛇王様へ詣ってきまし・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
出典:青空文庫