・・・「そうかい、此家は広いから、また迷児にでもなってると悪い、可愛い坊ちゃんなんだから。」とぴたりと帯に手を当てると、帯しめの金金具が、指の中でパチリと鳴る。 先刻から、ぞくぞくして、ちりけ元は水のような老番頭、思いの外、女客の恐れぬを・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「そうかい、此家は広いから、また迷児にでもなってると悪い、可愛い坊ちゃんなんだから。」とぴたりと帯に手を当てると、帯しめの金金具が、指の中でパチリと鳴る。 先刻から、ぞくぞくして、ちりけ元は水のような老番頭、思いの外、女客の恐れぬを・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・君をわかりの悪い人と思うていうのでもないのだ。 僕は考えた。 君と僕とは、境遇の差があまりにはなはだしいから、とうてい互いにあい解するということはできぬものらしい。君のごとき境遇にある人の目から見て、僕のごとき者の内面は観察も想像お・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・君をわかりの悪い人と思うていうのでもないのだ。 僕は考えた。 君と僕とは、境遇の差があまりにはなはだしいから、とうてい互いにあい解するということはできぬものらしい。君のごとき境遇にある人の目から見て、僕のごとき者の内面は観察も想像お・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・そのためだろうと覚悟して観念した様子は悪人は悪いとは云いながらとみんなの人がその志を可哀そうに思った。 もうどうしても逃る事が出来ないのだからと云って首を討った翌日親の様子をきいてかくれて居た身をあらわして出て来たのをそのままつかまって・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・そのためだろうと覚悟して観念した様子は悪人は悪いとは云いながらとみんなの人がその志を可哀そうに思った。 もうどうしても逃る事が出来ないのだからと云って首を討った翌日親の様子をきいてかくれて居た身をあらわして出て来たのをそのままつかまって・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちないことがあると、意張りたが・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちないことがあると、意張りたが・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・鴎外は向腹を立てる事も早いが、悪いと思うと直ぐ詫まる人だった。 鴎外は人に会うのが嫌いで能く玄関払いを喰わしたという噂がある。晩年の鴎外とは疎縁であったから知らないが、若い頃の鴎外はむしろ客の来るのを喜んで、鴎外の書斎はイツモお客で賑わ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・鴎外は向腹を立てる事も早いが、悪いと思うと直ぐ詫まる人だった。 鴎外は人に会うのが嫌いで能く玄関払いを喰わしたという噂がある。晩年の鴎外とは疎縁であったから知らないが、若い頃の鴎外はむしろ客の来るのを喜んで、鴎外の書斎はイツモお客で賑わ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫