木村項の発見者木村博士の名は驚くべき速力を以て旬日を出ないうちに日本全国に広がった。博士の功績を表彰した学士会院とその表彰をあくまで緊張して報道する事を忘れなかった都下の各新聞は、久しぶりにといわんよりはむしろ初めて、純粋・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・ギリシャ語は哲学に適し、ラティン語は法律に適するといわれる。日本語は何に適するか。私はなおかかる問題について考えて見たことはないが、一例をいえば、俳句という如きものは、とても外国語には訳のできないものではないかと思う。それは日本語によっての・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・だが日本で普通に言はれてるやうな範疇の詩人にも、また勿論ニイチェは理解されない。だがその二つの資格をもつ読者にとつて、ニイチェほど興味が深く、無限に深遠な魅力のある著者は外にない。ニイチェの驚異は、一つの思想が幾つも幾つもの裏面をもち、幾度・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 流石は外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんなに私が自惚れて見ても、勇気を振い起して見ても、寄りつける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・宇野は隠岐の島出身、つまり日本海である。すると、太平洋のタコは白好きで、日本海のタコは赤好きなのか。きっと、ソ連側だからだろう、などと笑いあったが、魚にそれぞれ好みの色のあるのは疑えない。ボラなども、赤いものなら、風船でも、布でも、なんでも・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・』 と、眼には涙がほろほろと溢れてお居ででしたが、『お前さんが戦死さッしゃッても、日本中の人の為だと思って私諦めるだからね、お前さんも其気で……ええかね。』と、赤さんを抱いてお居での方は袖に顔を押当てお了いでした。 涙を拭いたのは、・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・我日本国に於て古来今に至るまで男子と女子と孰れが婬乱なるや。其婬心の深浅厚薄は姑く擱き、婬乱の実を逞うする者は男子に多きか女子に多きか、詮索に及ばずして明白なり。男女同様婬乱なれば離縁せらるゝとあれば、男子として離縁の宣告を被る者は女子に比・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・すると、私がずっと子供の時分からもっていた思想の傾向――維新の志士肌ともいうべき傾向が、頭を擡げ出して来て、即ち、慷慨憂国というような輿論と、私のそんな思想とがぶつかり合って、其の結果、将来日本の深憂大患となるのはロシアに極ってる。こいつ今・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・〔『日本』明治三十二年三月二十二日〕 曙覧が清貧の境涯はほぼこの文に見えたるも、彼の衣食住の有様、すなわち生活の程度いかんはその歌によって一層詳に知ることを得べし。その歌左に人にかさかしたりけるに久しうかへさざりければ、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・両方だんだんぶっつかるとそこが梅雨になるんだ。日本が丁度それにあたるんだからね、仕方がないや。けれどもお前達のところは割合北から西へ外れてるから、梅雨らしいことはあんまりないだろう。あんまりサイクルホールの話をしたから何だか頭がぐるぐるしち・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫