・・・ほこりをかぶった樽の栓がぬかれた。樽はむせび鳴りながら自身のなかみをほとばしらせた。日光にきらめき、風にしぶきながら樽からほとばしる液体は、その樽の上に黒ペンキでおどかすようにかきつけられていたPoison――毒ではなかった。液汁は、芳醇と・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・ 前日大群衆に揉みぬかれた都会モスクワと人とは、くたびれながらも、気は軽い。そう云う風だ。 店はしまっている。 物売も出ていない。 午後になると往来はだんだん混みはじめ、芸術座前の狭い通りは歩道一杯の人だ。みると芸術座の入口・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・そして、それが、各々の作家たちを新しい道に押し出し或は文学に初登場させたばかりでなく、それから後につづく十年の間にそれらの作家たちが時代の推移につれて激しく社会と文学とに揉みぬかれなければならなかった。その時に当って、各作家が自身のものとし・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ レーニンはソヴェト同盟が重工業を振興させ、労働の生産力・技術を増大させることによって、実力的にヨーロッパ資本主義国を追いぬかなければならないという点に、絶えず全ソヴェトのプロレタリアートの注意を引きつけて来た。五ヵ年計画の基礎はこの線・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・同じ今日においても世界は決して単一の時代精神に依って貫ぬかれてはいない。日本は「非常時」であるが、アフリカのホッテントットのところでは「非常時」はない。即ち「非常時」的精神に依って文化は支配されていないのである。ホッテントットの文化は、今日・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・相手のひとにとっては、私がそうやって書く字の形までまるきり変ってしまったほど、もがき苦しむわけがどうしても本質で理解されないのだし、私としては自分の心のうちにあるその人への愛と憎みとの間で揉みぬかれる始末であった。 そんな苦しい或る日、・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・その思いは、何事もないとき、甘美に耳を傾けていた良人たるオセロの武勇のつよさを連想させ、そこに自分に向ってぬかれる剣を感じ、デスデモーナは、愛と恐怖に分別を失った。きょうのわたしたち女性はデスデモーナのその恐怖やかくしだてを、全くあわれな、・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・王 わしの形をいたいた蝋人形を作られたり、よう気のつかなんだ間に髪を一つまみぬかれたりいたすよりはまだましじゃ。法 思いもかけず、しとやかな御心をお持ちなされてじゃ。王 おお! 片意志(で見にくい怒り奴がそろそろとわしの心・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・磨きぬかれた舞踊の技術と情緒の含蓄と、しかもその情緒を貫く愛の思いがいかにも睦み合う夫と妻との諧調を表現していて、全く感動的であったと思う。広いホールに、時間が来たのにまだ現れない前線からの良人を待って、踊りを所望されたカッスル夫人が、不安・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・ 作者は、竹造という人物を登場させて来ることによって、今日の大衆化された階級対立の社会生活の現実にあっては、獄中生活を余儀なくされるのが、決して、昔卑俗に鋳型からぬかれてわれわれに示されていたような鉄の英雄ばかりではなく、全く竹造のよう・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
出典:青空文庫