・・・「お父さんわたいお祖父さん知ってるよ、腰のまがった人ねい」「一昨年お祖父さんが家へきたときに、大きい銀貨一つずつもらったのをおぼえてるわ」「お父さん、お祖父さんどうして死んだの」「年をとったからだよ」「年をとるとお父さん・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・「すぐ起きますもねいもんだ。今時分までねてるもんがどこにある。困ったもんだな。そんなことでどこさ婿にいったって勤まりゃしねいや」「また始まった。婿にいけば、婿にいった気にならあね」「よけいな返答をこくわ」 つけつけと小言を言・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・姉たちがすわるにせまいといえば、身を片寄せてゆずる、彼の母は彼を熟視して、奈々ちゃんは顔構えからしっかりしていますねいという。 末子であるから埒もなくかわいいというわけではないのだ。この子はと思うのは彼の母ばかりではなく、父の目にもそう・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・お前にこにこ笑いなどして、ほんとに笑いごっちゃねいじゃねいか」 母に叱られて省作もねころんではいられない。「おッ母さんに心配かけてすまねいけど、おッ母さん、とてもしようがねんですよ。あんだっていやにあてこすりばかり言って、つまらん事・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
麦搗も荒ましになったし、一番草も今日でお終いだから、おとッつぁん、熱いのに御苦労だけっと、鎌を二三丁買ってきてくるっだいな、此熱い盛りに山の夏刈もやりたいし、畔草も刈っねばなんねい……山刈りを一丁に草刈りを二丁許り、何処の・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 母は猶念を押して「おまえが泊ると極ればお母さんは出かける、えいだっペねい」と云った。「お母さんは行ってもえい」 自分がそういうと、母はいろいろ頼むと云う様な事を云って立ちかける。する処へ赤い顔の背の高い五十許りの爺が庭から、さ・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・「へん、そんなことを知らないような馬鹿じゃアねい。役者になりたいからよろしく頼むなんどと白ばッくれて、一方じゃア、どん百姓か、肥取りかも知れねいへッぽこ旦つくと乳くり合っていやアがる」「そりゃア、あんまり可哀そうだ、わ。あの人がいな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「それにしちゃ馬鹿に遅いじゃねいか。何だかこの節お上さんの様子が変だぜ、店の方も打遣らかしにして、いやにソワソワ出歩いてばかりいるが……」「なあにね、今日は不漁で店が閑だから、こんな時でなけりゃゆっくり用足しにも出られないって」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・恵子は手拭を「ねいさん」かぶりにして掃除をしていた。彼が入ってくると、行けなかったことを弁解した。彼は今度の日を約束して帰った。約束の前の晩、彼はこの前のようなことがないように、と思い、カフェーへ出かけてみた。女は彼にちょうど手紙を出したと・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・「さっき団長が百粒ってはじめに云ったねい。百つぶならよかったねい。」「うん。その次に千つぶって云ったねい。千つぶでもよかったねい。」「ほんとうにねい。おいら、お酒をなぜあんなにのんだろうなあ。」「おいらもそいつを考えているん・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫