・・・下劣、男女学生の堕落を痛罵するも、是が救済策に就ては未だ嘗って要領を得た提案がない、彼等一般が腐敗しつつあるは事実である、併しそれらを救済せんとならば、彼等がどうして相率て堕落に赴くかということを考えねばならぬ、人間は如何な程度のものと・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・夜半の頃おい神鳴り雨過ぎて枕に通う風も涼しきに、家居続ける東京ならねばこそと、半は夢心地に旅のおかしさを味う。 七日、朝いと夙く起き出でて、自ら戸を繰り外の方を見るに、天いと美わしく横雲のたなびける間に、なお昨夜の名残の電光す。涼しき中・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・早く行て船室へ場を取りませねばと立上がれば婢僕親戚上り框に集いて荷物を車夫に渡す。忘れ物はないか。御座りませぬ。そんなら皆さん御機嫌よくも云った積りなれどやゝ夢心地なればたしかならず。玄関を出れば人々も砂利を鳴らしてついて来る。用意の車五輌・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・諸君がとんぼとりにつかうもちは、その芋をつぶすときに出来るおねばのことであるが、さてそのこんにゃく屋さんは、はたらき者の爺さんと婆さんが二人きりで、いつも爺さんが、「ホイ、きたか――」 と云って私にニコニコしてくれた。「きょうは・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・二十年の歓楽から急転し彼は備さに其哀愁を味わねばならなくなった。一大惨劇は相尋いで起った。六 夜毎に月の出は遅くなった。太十は精神の疲労から其夜うとうととなった。悪戯な村の若い衆が四五人其頃の闇を幸に太十の西瓜を盗もうと謀っ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫