・・・私は心ゆく限り、恋の願いに濃く、深く、あらんことをむしろ娘たちにのぞみたい。それは日本の娘の特徴でもあるからだ。恋を雑に、スマートに、抜け目なく、取り扱わないようにくれぐれもいましめたい。結婚後の恋愛は蜜月や、スイートホームの時期をへて、次・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・それより右に打ち開けたるところを望みつつ、左の山の腰を繞りて岨道を上り行くに、形おかしき鼠色の巌の峙てるあり。おもしろきさまの巌よと心留まりて、ふりかえり見れば、すぐその傍の山の根に、格子しつらい鎖さし固め、猥に人の入るを許さずと記したるあ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・しかも、死ぬなら天寿をまっとうして死にたいというのが、万人の望みであろう。一応は無理からぬことである。 されど、天命の寿命をまっとうして、疾病もなく、負傷もせず、老衰の極、油つきて火の滅するごとく、自然に死に帰すということは、その実はな・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・天に昇るを得て小春がその歳暮裾曳く弘め、用度をここに仰ぎたてまつれば上げ下げならぬ大吉が二挺三味線つれてその節優遇の意を昭らかにせられたり おしゅんは伝兵衛おさんは茂兵衛小春は俊雄と相場が極まれば望みのごとく浮名は広まり逢うだけが命の四・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 今の住所へは私も多くの望みをかけて移って来た。婆やを一人雇い入れることにしたのもその時だ。太郎はすでに中学の制服を着る年ごろであったから、すこし遠くても電車で私の母校のほうへ通わせ、次郎と末子の二人を愛宕下の学校まで毎日歩いて通わ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そうすれば、のぞみどおりお嫁に上げましょう。」と、やさしく言ってくれました。 ギンは一しょうけんめいに二人を見くらべましたが、二人とも顔も背も着物もかざりも、そっくり同じで、ちっとも見わけがつきません。もしまちがえたらそれきりだと思うと・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ おのぞみどおり 博士は莞爾と笑いました。いいえ、莞爾どころではございませぬ。博士ほどのお方が、えへへへと、それは下品な笑い声を発して、ぐっと頸を伸ばしてあたりの酔客を見廻しましたが、酔客たちは、格別相手になっては呉れませぬ。それで・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・長兄の望みは、そんなところに無かったのです。長兄の書棚には、ワイルド全集、イプセン全集、それから日本の戯曲家の著書が、いっぱい、つまって在りました。長兄自身も、戯曲を書いて、ときどき弟妹たちを一室に呼び集め、読んで聞かせてくれることがあって・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・でも、のぞみとあらば、来月あたり、君たちに向って何か言ってあげてもかまわないが、君たちは、キタナクテね。なにせ、まったくの無学なんだから、『文学』でない部分に於いてひとつ撃つ。例えば、剣道の試合のとき、撃つところは、お面、お胴、お小手、とき・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・おのぞみなら、まだまだ言えるんですけどね、それよりは、このヴァレリイの本をあなたにあげたほうが、僕もめんどうでなくていい。さっき古本屋から買って、電車の中で読んだばかりの新智識ですから、まだ記憶に残っているのですけど、あすになったら、僕は忘・・・ 太宰治 「渡り鳥」
出典:青空文庫