・・・ 兎に角水は十分に飲むべし。一日に三度飲もう、朝と昼と晩とにな。 日の出だ! 大きく盆のようなのが、黒々と見ゆる山査子の枝に縦横に断截られて血潮のように紅に、今日も大方熱い事であろう。それにつけても、隣の――貴様はまア何となる事・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・毎日午後の三四時ごろに起きては十二時近くまで寝床の中で酒を飲む。その酒を飲んでいる間だけが痛苦が忘れられたが、暁方目がさめると、ひとりでに呻き声が出ていた。装飾品といって何一つない部屋の、昼もつけ放しの電灯のみが、侘しく眺められた。・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そして、彼が度々「何か利尿剤を呑む必要がありましょう、民間薬でもよろしいから調べて下さい」と言いますので、医師に相談しますと、医師はこの病気は心臓と腎臓の間、即ち循環故障であって、いくら呑んでも尿には成らず浮腫になるばかりだから、一日に三合・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・こんなに酒を飲むにしても、どこか川っぷちのレストランみたいなところで、橋の上からだとか向こう岸からだとか見ている人があって飲んでいるのならどんなに楽しいでしょう。『いかにあわれと思うらん』僕には片言のような詩しか口に出て来ないが、実際いつも・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 僕は酒を飲むことを里子からも医師からも禁じられて居ます。けれども如何でしょう。此のような目に遇って居る僕がブランデイの隠飲みをやるのは、果て無理でしょうか。 今や僕の力は全く悪運の鬼に挫がれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つ・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 唇をやられた男は、冷えた練乳と、ゆるい七分粥を火でも呑むように、おず/\口を動かさずに、食道へ流しこんでいた。皆と年は同じに違いないが、十八歳位に見える男だ。その男はいつも、大腿骨を弾丸にうちぬかれた者よりも、むしろ、ひどく堪え難そう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 定まって晩酌を取るというのでもなく、もとより謹直倹約の主人であり、自分も夫に酒を飲まれるようなことは嫌いなのではあるが、それでも少し飲むと賑やかに機嫌好くなって、罪も無く興じる主人である。そこで、「晩には何か取りまして、ひさしぶり・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・女は今度はすぐ飲んだ。 龍介は注いでやった。「本当、いいの?」「うん」 女はちょっと笑顔をしてのんだ。彼は銚子を下に置かずに注いでやった。女は飲むたびに、「本当?」ときいた。「この章魚も、さかなも食っていいんだ」 彼・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・なりける 試みに馬から落ちて落馬したの口調にならわば二つ寝て二ツ起きた二日の後俊雄は割前の金届けんと同伴の方へ出向きたるにこれは頂かぬそれでは困ると世間のミエが推っつやっつのあげくしからば今一夕と呑むが願いの同伴の男は七つのものを八つま・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・その児は乳房を押えて飲むほどに成人していた。「俺にもおくれやれ」と鞠子は母が口をモガモガさせるのに目をつけた。「オンになんて言っちゃ不可の。ね。私に頂戴ッて」 お島はなぐさみに鯣を噛んでいた。乳呑児の乳を放させ、姉娘に言って聞か・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫