・・・その証拠には自分の如く平生好んで悪辣な弁舌を弄する人間でも、菊池と或問題を論じ合うと、その議論に勝った時でさえ、どうもこっちの云い分に空疎な所があるような気がして、一向勝ち映えのある心もちになれない。ましてこっちが負けた時は、ものゝ分った伯・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」 老人は薔薇の花を投げた。花は手を離れたと思うと、たちまち夕明りに消えてしまった。「なるほど造り変える力ですか? しかしそれはお前さんたちに、限った事ではな・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 偶像 何びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時に又彼自身を偶像にすることに異存を持っているものもない。 又 しかし又泰然と偶像になり了せることは何びとにも出来ることではない。勿論・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・第一に女は男狩りのほかにも、仕栄えのある仕事が出来ますから。第二に女の世の中は今の男の世の中ほど、女に甘いはずはありませんから。 小野の小町 あなたはそんなにわたしたちを憎いと思っているのですか? 玉造の小町 お憎みなさい。お憎みな・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・「はえ、まあ、お前さんたちは喧嘩かよう。」 二人はやっと掴み合いをやめた。彼等の前には薄痘痕のある百姓の女房が立っていた。それはやはり惣吉と云う学校友だちの母親だった。彼女は桑を摘みに来たのか、寝間着に手拭をかぶったなり、大きい笊を・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉の糞が、点々と白くこびりついているのが見える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の襖の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面皰を気にしながら、ぼんやり、雨・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・実際そこに惹起された運動といい、音響といい、ある悪魔的な痛快さを持っていた。破壊ということに対して人間の抱いている奇怪な興味。小さいながらその光景は、そうした興味をそそり立てるだけの力を持っていた。もっと激しく、ありったけの瓶が一度に地面に・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・言い古した言い方に従えば、建設の為の破壊であるという事を忘れて、破壊の為に破壊している事があるものである。戦争をしている国民が、より多く自国の国力に適合する平和の為という目的を没却して、戦争その物に熱中する態度も、その一つである。そういう心・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・四囲の抑制ようやく烈しきにしたがってはついにこれに反逆し破壊するの挙に出る。階級といい習慣といい社会道徳という、我が作れる縄に縛られ、我が作れる狭き獄室に惰眠を貪る徒輩は、ここにおいて狼狽し、奮激し、あらん限りの手段をもって、血眼になって、・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 立花は目よりもまず気を判然と持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばと眼を開いた。 なぜなら、今そうやって跪いた体は、神に対し、仏に対して、ものを打・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
出典:青空文庫