・・・口を利くのもはきはきしていれば、寝返りをするのも楽そうだった。「お肚はまだ痛むけれど、気分は大へん好くなったよ。」――母自身もそう云っていた。その上あんなに食気までついたようでは、今まで心配していたよりも、存外恢復は容易かも知れない。――洋・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・想像していたのとはまるで違って、四十恰好の肥った眇眼の男だった。はきはきと物慣れてはいるが、浮薄でもなく、わかるところは気持ちよくわかる質らしかった。彼と差し向かいだった時とは反対に、父はその人に対してことのほか快活だった。部屋の中の空気が・・・ 有島武郎 「親子」
・・・つぎに、男子というものは、心に思ったことは、はきはきと返事をすることを忘れてはならぬ。これは、使われるものの心得おくべきことだ。」といわれたのでした。 賢一は、老先生のお言葉をありがたく思いました。そして、この温情深い先生の膝下から、遠・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ 秀ちゃんは、はじめてのお家へきたので、かしこまっていましたが、だんだん慣れると、さっぱりとした性質ですから、話しかけられれば、はきはき、ものをいいますので、すぐにみんなとうちとけてしまいました。 いろいろと話をしているうち、ふいに・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・それを極まり悪そうにもしないで、彼の聞くことを穏やかにはきはきと受け答えする。――信子はそんな好もしいところを持っていた。 今彼の前を、勝子の手を曳いて歩いている信子は、家の中で肩縫揚げのしてある衣服を着て、足をにょきにょき出している彼・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・言葉使いがはきはきしていた。初対面の時、じいさんとばあさんとは、相手の七むずかしい口上に、どう応酬していゝか途方に暮れ、たゞ「ヘエ/\」と頭ばかり下げていた。それ以来両人は大佐を鬼門のように恐れていた。 またしても、むずかしい挨拶をさせ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・「どうもやっぱり頭がはきはきしません。じつは一年休学することにしたんです」「そうでございますってね。小母さんは毎日あなたの事ばかり案じていらっしゃるんですよ。今度またこちらへお出でになることになりましてから、どんなにお喜びでしたかし・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・妹さんは、たった二十歳でも、二十二歳の佐吉さんより、また二十四歳の私よりも大人びて、いつも、態度が清潔にはきはきして、まるで私達の監督者のようでありました。佐吉さんも亦、其の日はいらいらして居る様子で、町の若者達と共に遊びたくても、派手な大・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・いつもに似ず言葉の調子がはきはきしていた。「いつごろです。」僕は玄関の式台に腰をおろした。「さあ、先月の中旬ごろだったでしょうか。あがらない?」「いいえ。きょうは他に用事もあるし。」僕には少し薄気味がわるかったのである。「恥・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 素直に思っていることを、そのまま言ってみたら、それは私の耳にも、とっても爽やかに響いて、この二、三年、私が、こんなに、無邪気に、ものをはきはき言えたことは、なかった。自分のぶんを、はっきり知ってあきらめたときに、はじめて、平静な新しい・・・ 太宰治 「女生徒」
出典:青空文庫