・・・花田 なんだ貴様たちはともちゃんのハズがほんとうに……瀬古 死ななけりゃならないんだろう。花田 死ぬことになるんださ。瀬古 同じじゃないか。花田 同じじゃないさ。青島 花田のいい方が悪いんだよ。死ぬことに・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ と、呟きながら読んで行って、「応募資格ハ男女ヲ問ハズ、専門学校卒業又ハ同程度以上ノ学力ヲ有スル者」という個所まで来ると、道子の眼は急に輝いた。道子はまるで活字をなめんばかりにして、その個所をくりかえしくりかえし読んだ。「応募資格ハ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・彼とすれちがう時に、ハズミで、どしんと打ち当った。半纒を着た丈の高い労働者だった。彼はちょっと振りかえって見た。男も後を見た。そして「あほう……」と言った。酔っているらしかった。「ばか野郎 どこをウロついてるんだい、この穀つぶし]」・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ニハ非ズ。と書かれてある。 これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決して忘れない。けれども、今は言わない。 捨テラレタ海。と書かれてある。・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・掃除などは、女の局員がする事になっていたのですが、その円貨切り換えの大騒ぎがはじまって以来、私の働き振りに異様なハズミがついて、何でもかでも滅茶苦茶に働きたくなって、きのうよりは今日、きょうよりは明日と物凄い加速度を以て、ほとんど半狂乱みた・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・たかが多勢を恃んで、時のハズみでする暴行だ。命をとられる程のこともあるまいと思った彼であった。刑事や正服に護られて、会社から二丁と離れてない自分の家へ、帰ったのだった。そして負傷した身体を、二階で横たえてから、モウ五六日経った朝のことなので・・・ 徳永直 「眼」
・・・ソノ清幽ノ情景幾ンド画図モ描ク能ハズ。文詩モ写ス能ハザル者アリ。シカシテ遊客寥々トシテ尽日舟車ノ影ヲ見ザルハ何ゾヤ。」およそ水村の風光初夏の時節に至って最佳なる所以のものは、依々たる楊柳と萋々たる蒹葭とのあるがためであろう。往時隅田川の沿岸・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫