・・・ 四三 発火演習 僕らの中学は秋になると、発火演習を行なったばかりか、東京のある聯隊の機動演習にも参加したものである。体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 飴は、今でも埋火に鍋を掛けて暖めながら、飴ん棒と云う麻殻の軸に巻いて売る、賑かな祭礼でも、寂びたもので、お市、豆捻、薄荷糖なぞは、お婆さんが白髪に手抜を巻いて商う。何でも買いなの小父さんは、紺の筒袖を突張らかして懐手の黙然たるのみ。景・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・かねがね八卦には趣味をもっていたが、まさか本業にしようとは思いも掛けて居らず、講習所で免状を貰い、はじめて町へ出る晩はさすがに印刷機械の油のにおいを想った。道行く人の顔がはっきり見えぬほど恥しかったが、それでも下宿で寝ている照枝のことを想う・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・白い歯がちらちらした。薄荷のようにひりひりする唇が微笑している。 彼は、嫉妬と憤怒が胸に爆発した。大隊を指揮する、取っておきのどら声で怒なりつけようとした。その声は、のどの最上部にまで、ぐうぐう押し上げて来た。 が、彼は、必死の努力・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 谷間や、向うの傾斜面には、茶色の鬚を持っている男が、こっちでパッと発火の煙が上ると同時に、バタバタ倒れた。「今度は誰れが倒れるだろう……女か、子供か?――それともこっちのカーキ色の軍服だろうか!」 通訳は子供のようにおどおどし・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦に真珠を獲て言うなお前言うまいあなたの安全器を据えつけ発火の予防も施しありしに疵もつ足は冬吉が・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・何等の遠い慮もなく、何等の準備もなく、ただただ身の行末を思い煩うような有様をして、今にも地に沈むかと疑われるばかりの不規則な力の無い歩みを運びながら、洋服で腕組みしたり、頭を垂れたり、あるいは薄荷パイプを啣えたりして、熱い砂を踏んで行く人の・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・最初の震動は約十四秒つづいたのですが、それから、ものの三分とたたないうちに、神田以下十二区にわたって四十か所から発火したのです。本所や浅草では、十二時におのおの十二、三か所からもえ上ったくらいです。それから一分おき二分おきに、なおどんどん方・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・映写室から発火したという話でした。そうして、映画見物の小学生が十人ほど焼死しました。映写技師が罪に問われました。過失傷害致死とかいう罪名でした。子供にも、どういうわけだか、その技師の罪名と運命を忘れる事が出来ませんでした。旭座という名前が「・・・ 太宰治 「五所川原」
・・・火の伝播がいかに迅速であるとしても、発火と同時に全館に警鈴が鳴り渡りかねてから手ぐすね引いている火災係が各自の部署につき、良好な有力な拡声機によって安全なる避難路が指示され、群集は落ち着き払ってその号令に耳をすまして静かに行動を起こし、そう・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫