・・・ それもね、旦那様、まともに帰って来たのではありません。破風を開けて顔ばかり出しましたとさ、厭じゃありませんか、正丑の刻だったと申します、」と婆さんは肩をすぼめ、「しかも降続きました五月雨のことで、攫われて参りましたと同一夜だと申し・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 見上げた破風口は峠ほど高し、とぼんと野原へ出たような気がして、縁に添いつつ中土間を、囲炉裡の前を向うへ通ると、桃桜溌と輝くばかり、五壇一面の緋毛氈、やがて四畳半を充満に雛、人形の数々。 ふとその飾った形も姿も、昔の故郷の雛によく肖・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
丘をはさんで点綴するくさぶき屋の低い軒端から、森かげや小川の岸に小さく長閑に立っている百姓小舎のくすぶった破風から晴れた星空に立ちのぼってゆく蚊やりの煙はいかにも遠い昔の大和民族の生活を偲ばせるようで床しいものです。此の夏・・・ 宮本百合子 「蚊遣り」
・・・そこの建物の破風に「あらゆる学問を勤労者に」という文句が金字で打たれている。 今から十七年前、帝政ロシアの資本家・地主と僧侶の支配下のロシアで、勤労大衆のために中等教育施設がどんなものだったかは次の表を見ても明かだ。一九一四年度・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ 私は奮起して字引と首引き、帳面に自分でわかったと思う翻訳をしてゆくのですが、女学校ではピータア大帝が船大工の習業をしたというような話をよんでいるのですから、どうもデルフィの神殿だとか、破風だとか、柱頭、フィディアス等々を克服するのは容・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・非常な興味を顔に現わして、正面に見える建物の破風や、手前にある夏草のたけ高く茂った庭へ置いてある緑色ベンチなどを見ながら、通って行った。 日本女は、一九一七年十月の夜、ここからどんな勢が、旧ペトログラード市中央に向って流れ出したかを知っ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・高い破風に金文字で「クララ・ツェトキンの名による産院」。 正面のガラス扉をあけて入ると、受付だ。外観が清楚でおどろいたが、内部のこの清潔さはどうだ! タイルを張った受付のところでも、直ぐ見える階段でも、真白で、靴からこぼれた泥らしいもの・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・八本の大円柱の上の破風にはANNO―ELIZABETHAE―R――CONDITUM―ANNO―VICTORIAE―R――RESTAURATU。即ち英国の旺盛な植民地拡張時代をしめす符牒のようなラテン語がきざんである。広い石段を上下する人間は・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫