・・・とにかく、だいぶ腫れて参ったようです。」 親方のアーティストは、少ししゃくにさわったと見えて、プイッとうしろを向いて、フラスコを持ったまま向うへ行ってしまいました。デストゥパーゴは、ぷんぷん怒りだしました。「失敬じゃないか、あしたは・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・「貴方行んでおやんなはれ。 あんなに、常々つけつけ云うお金はんやさかい、どんな事云われとるか知れんさかい。 な、私で話が分るんなら行んでも来ようが、こう云う事は、女子ではらちが明かんさかいな。 病気になった時、親にはなれ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・午すぎすぐから今まで息もつかずによんで居た自分の真面目さと新らしい気持になったうれしさにはれやかな高笑をした。それと一緒にうすくらがりの部屋のわきからはじき出された様にヒラッと影をのこして体をかくしたもののあるのをお龍は見つけた。首すじの細・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 眠りの不足なのと心に深く喰い込で居る悲しさのために私の顔は青く眼が赤くはれ上って居た。 雨のしとしとと降る裡を今に私共はこの妹を静かに安らえるために永久の臥床なる青山に連れて居かなければならない。黒い紋附に袴をはく。 棺前祭の・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・風邪で喉が腫れ、熱が高いのである。 頃合いを見て自分はゴザから立ち上った。そして彼の横をゆっくり通りすがって便所へ曲りしな小声で訊いた。「ニュースない?」「蔵原、やっぱりひとりらしい」「…………」 留置場の便所には戸がな・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・見てしまったものは、勝手に、 ――この腫れもの、痛んでしようがない。 ――きのう何故診療部へ行かなかったのさ。などとしゃべっている。 農村で外国貨幣を見ることはない。農民はちょっとでも様子の違う金に対しては極度に警戒的なのだ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・前後たった四日の滞在であったが、その間Y、始終腕の腫れに悩まされ通しではあったが、楽しかった。大体、九州の旅行全体が楽しかった。九州は旅行するに変化ある。一つの盛沢山な前菜皿のようだ。陸の境界をそれぞれの山で区切られている国々は、大分にしろ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・そこの白い窓では腫れ上った首が気惰るそうに成熟しているのが常だった。 彼はこれらの店々の前を黙って通り、毎日その裏の青い丘の上へ登っていった。丘は街の三条の直線に押し包まれた円錐形の濃密な草原で、気流に従って草は柔かに曲っていた。彼はこ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫