・・・ ぶるぶる身慄いして、馬は、背の馬具を揺すぶった。今さっき出かけたばかりの橇がひっかえしてきたらしい。 外から頼むように扉を叩く。ボーイが飛んで行った。鍵をはずした。 きゅうにドカドカと騒がしい音がして、二人の支那人が支那服を着・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・刀や馬具なども買込んで、いざと言えば何時でも出発が出来るように丁と準備が整えている。ところが秋山大尉は留守と来た。お前は前途有望だから、残って部下の訓練に精を出してくれなくちゃ困ると、まあ然ういう命令なんだ。 秋山大尉は残念でならねえ。・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・この遠縁の若者は、輜重輪卒に行って余り赤ぎれへ油をしませながら馬具と銃器の手入れをしたので、靴をみがくことまで嫌いになって帰って来た男である。 午後になって、私は家を出かけ、もよりのバスの停留場に立った。この線はふだんでも随分待たなけれ・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・前の御者台に黒い外套を着て坐っていた御者が扉の音で振向いた。馬具の金具が夜の中にひかった。 小さい女はひどく急いでいる風で立ち止まるのも惜しそうに、歩道の上から御者に叫んだ。 ――ひま? ――何処へ行きますかね? ――サドゥ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・かれは糸の切れっ端を拾い上げて、そして丁寧に巻こうとする時、馬具匠のマランダンがその門口に立ってこちらを見ているのに気がついた。この二人はかつてある跛人の事でけんかをしたことがあるので今日までも互いに恨みを含んで怒り合っていた。アウシュコル・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫