・・・ トその壁の上を窓から覗いて、風にも雨にも、ばさばさと髪を揺って、団扇の骨ばかりな顔を出す……隣の空地の棕櫚の樹が、その夜は妙に寂として気勢も聞えぬ。 鼠も寂莫と音を潜めた。…… 八 台所と、この上框とを・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・初の烏 御前様、あれ……紳士 (杖をもって、その裾を圧ばさばさ騒ぐな。槍で脇腹を突かれる外に、樹の上へ得上る身体でもないに、羽ばたきをするな、女郎、手を支いて、静として口をきけ。初の烏 真に申訳のございません、飛んだ失礼をいたし・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・……勢はさりながら、もの凄いくらい庭の雨戸を圧して、ばさばさ鉢前の南天まで押寄せた敵に対して、驚破や、蒐れと、木戸を開いて切って出づべき矢種はないので、逸雄の面々歯噛をしながら、ひたすら籠城の軍議一決。 そのつもりで、――千破矢の雨滴と・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・……籠に、あの、ばさばさ群った葉の中に、鯰のような、小鮒のような、頭の大な茸がびちびち跳ねていそうなのが、温泉の町の方へずッと入った。しばらく、人に逢ったのはそればかりであった。 客は、陽の赤蜻蛉に見愡れた瞳を、ふと、畑際の尾花に映すと・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・隣の間から箒を持出しばさばさと座敷の真中だけを掃いて座蒲団を出してくれた。そうして其のまま去って終った。 予は新潟からここへくる二日前に、此の柏崎在なる渋川の所へ手紙を出して置いた。云ってやった通りに渋川が来るならば、明日の十時頃にはこ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 僕は聞えぬふりして卓のしたの団扇をとりあげ、ばさばさ使いはじめた。「あなた。私はまたひとりものですよ。」 僕は振りかえった。青扇はビイルをひとりでついで、ひとりで呑んでいた。「まえから聞こうと思っていたのですが、どうしたの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・梢の枯枝を二三度ばさばさゆすぶってみた。いのちともしきわれをよぶ 足だまりにしていた枯枝がぽきっと折れた。不覚にも私は、ずるずる幹づたいに滑り落ちた。「折ったな。」 その声を、つい頭の上で、はっきり聞いた。私は幹・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・ことにこの小説の末尾には、毛をむしられた鶴のばさばさした羽ばたきの音を描写しているのであるが、作者は或いはこの描写に依って、読者に完璧の印象を与え、傑作の眩惑を感じさせようとしたらしいが、私たちは、ただ、この畸形的な鶴の醜さに顔をそむける許・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ 窓外、庭の黒土をばさばさ這いずりまわっている醜き秋の蝶を見る。並はずれて、たくましきが故に、死なず在りぬる。はかなき態には非ず。十日。 私が悪いのです。私こそ、すみません、を言えぬ男。私のアクが、そのまま素直に私へ又はねか・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ひとから、きょうはずいぶんお暑うございますね、と言われて団扇をさし出され、ああそうか、きょうは暑いのか、とはじめて気が附き、大いにあわてて団扇を取りあげ、涼しげの顔してばさばさやってみるのであるが、すぐに厭きて来て手を休め、ぼんやり膝の上で・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
出典:青空文庫