・・・赤木は、これも二三杯の酒で赤くなって、へええ、聞けば聞くほど愚劣だねと、大にその作者を罵倒していた。 かえりに、女中が妙な行燈に火を入れて、門まで送って来たら、その行燈に白い蛾が何匹もとんで来た。それが甚、うつくしかった。 外へ出た・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・ それ、持参の昼提灯、土の下からさぞ、半間だと罵倒しようが、白く据って、ぼっと包んだ線香の煙が靡いて、裸蝋燭の灯が、静寂な風に、ちらちらする。 榎を潜った彼方の崖は、すぐに、大傾斜の窪地になって、山の裙まで、寺の裏庭を取りまわして一・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・それが下りて行くと、妻はそとへも聴えるような甲高な声で、なお罵詈罵倒を絶たなかった。「あなたは色気狂いになったのですか?――性根が抜けたんですか?――うちを忘れたんですか? お父さんが大変おこってらッしゃるのを知らないでしょう?――」・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この時代を離れては緑雨のこの句の興味はないが、月落ち烏啼いての調子は巧みに当時の新らしい俳風を罵倒したもので、殊に「息を切らずに御読下し被下度候」は談林の病処を衝いた痛快極まる冷罵であった。 緑雨が初めて私の下宿を尋ねて来たのはその年の・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、プンプン怒って沼南を罵倒した事があった。 その頃の新聞社はドコも貧乏していた。とりわけ毎日新聞社は最も逼迫して社員の給料が極めて少かった。妻子を抱えているものは勿論だが、独身者すらも糊口がし兼ねて社長の沼南に増給を哀願すると、「僕だ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・安二郎の顔にはみるみる懊悩の色が刻みこまれた。罵倒してみても、撲ってみても心が安まらなかった。安二郎は五十面下げて嫉妬に狂いだしていた。お君がこっそり山谷に会わないだろうかと心配して、市場へ行くのにもあとを尾行た。なお、自分でも情けないこと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 私はことさらに奇矯な言を弄しているのでもなければ、また、先輩大家を罵倒しようという目的で、あらぬことを口走っているのではない。昔、ある新進作家が先輩大家を罵倒した論文を書いたために、ついに彼自身没落したという話もきいている。口は禍・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・彼はしきりにこうした気持を煽りたてて出かけて行ったのだが、舅には、今さら彼を眼前に引据えて罵倒する張合も出ないのであった。軽蔑と冷嘲の微笑を浮べて黙って彼の新生活の計画というものを聴いていたが、結局、「それでは仕度をさせて一両日中に遣ること・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・母は三言目には喧嘩腰、妻は罵倒されて蒼くなって小さくなる。女でもこれほど異うものかと怪しまれる位。 母者ひとの御入来。 其処は端近先ず先ずこれへとも何とも言わぬ中に母はつかつかと上って長火鉢の向へむずとばかり、「手紙は届いたかね・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 先生の気焔は益々昂まって、例の昔日譚が出て、今の侯伯子男を片端から罵倒し初めたが、村長は折を見て辞し去った。校長は先生が喋舌り疲ぶれ酔い倒れるまで辛棒して気きえんの的となっていた。帰える時梅子は玄関まで送って出たが校長何となくにこつい・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫