・・・「四時から店を張るよ。昼間は静だから入らっしゃいよ。」「休む日はないのか。」「月に二度公休しるわ。」「どこへ遊びに行く。浅草だろう。大抵。」「そう。能く行くわ。だけれど、大抵近所の活動にするわ。同なじだもの。」「お前・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・紅の糸、緑の糸、黄の糸、紫の糸はほつれ、千切れ、解け、もつれて土蜘蛛の張る網の如くにシャロットの女の顔に、手に、袖に、長き髪毛にまつわる。「シャロットの女を殺すものはランスロット。ランスロットを殺すものはシャロットの女。わが末期の呪を負うて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・帯がないから、店を張るのに、どんなに外見が悪いだろう。返す返すッて、もう十五日からになるよ」「名山さん、私しのなんかもひどいじゃアないかね。お客から預かッていた指環を借りられたんだよ。明日の朝までとお言いだから貸してやッたら、それッきり・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一日を送りしことなるが、二、三十年以来、下士の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆を塗て・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・〔『日本』明治三十二年四月二十二日〕酔人の水にうちいるる石つぶてかひなきわざに臂を張る哉 これも上三句重く下二句軽し。曙覧の歌は多くこの頭重脚軽の病あり。宰相君よりたけを賜はらせけるに秋の香をひろげた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・「なんでもかんでも、おれは山師張るときめた。」 するとも一人の白い笠をかぶった、せいの高いおじいさんが言いました。「やめろって言ったらやめるもんだ。そんなに肥料うんと入れて、藁はとれるたって、実は一粒もとれるもんでない。」「・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・「強情張るにも程がある。ほら、ほら! そんなにあるのに無いって私をだますのか、ほら、ほら! ああ、蓮だらけだよう!」と、彼女はおいおい泣いて亭主にかじりついた。――これが気違いになり始めだと云う噂であった。村へ帰って来ても発狂は治ら・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ モスクワから五千キロメートル離れたシベリアのコシヒ・バルナウーリスキー地方に「五月の朝」という共産農場がある。そういう農場では、生産、利潤の分配すべてを共有に、共産主義的にやって行く農場経営の形だ。 そのコンムーナに小学校がある。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そして、ゴーリキー、デミヤン・ベードヌイ、セラフィモヴィッチ、ファジェーエフ、バトラーク、グラトコフ、セリヴィンスキー、メイエルホリド、ベズィメンスキー、イズバフ、オリホーヴイなどが、バルチック艦隊文学研究会員、赤軍機関雑誌編輯者、赤衛軍劇・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・智謀にも長け、情に篤く、大胆な決断力をも蔵していたであろうが、例えばバルチック艦隊全滅の勝利にしろ戦争は独り角力でない以上、対手かたの条件との相対的な関係というものが大きい作用をしている。 あの時分のロシアは、ヨーロッパの眠れる熊と呼ば・・・ 宮本百合子 「花のたより」
出典:青空文庫