・・・見れば、世界のありようとして、私たち誰もの生活に波瀾は避けがたく、もし現代の若い女性がスポーツの精神を理解すると云うならば、人生におけるフェア・プレイの美と、善戦とはいかなるものかという、それら交々の悲喜や勇気などこそ、多くのものを語ってい・・・ 宮本百合子 「フェア・プレイの悲喜」
・・・明暗をひっくるめてその関係の生きて動きつつあるそのものを、よりひろいより大きい時間と空間との中に再現したとき、人間は常に進歩を欲しているものだがまた常にそれは矛盾におかれている、その生々しい人間真実の悲喜をうつしたとき、文学精神の明るさも、・・・ 宮本百合子 「文学は常に具体的」
・・・これまでの純文学が一個人内面的経緯を孤立的に追求して来たのに対して、新たな文学は、この社会に一定の関係をもって生活し歴史とかかわりあっている人間群の悲喜をその文学の内容としようとした。そして、その作品にあらわれる主人公たちがそれぞれ多数のも・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・生活がその曲折と悲喜交々の折衝によって、われわれに文学への欲求を起させるのであるし、様々な作品をもつくらせる。成程文学作品が我々の生活に影響する力は非常に大きいが、それは或る一つの文学作品が現実への迫真力の深さによって再び現実の生活を突き動・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・ 小学校を出たばかりの少年や少女たちは、この一二年の間に夥しい数でひろく荒い生産の場面に身と心とをさらしはじめているのだが、日本の明日の文学はこれらの稚く若々しい肉体と精神の成長のためのたたかいとその悲喜とを、どのように愛惜し誠意を披瀝して・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・みんなその頭を固く白い布で巻いて髪を引き緊めて、その上に帽子を置いている。 がたがた馬車が、跳ね返る小馬に牽かれて駆けて往く。車台の上では二人の男、おかしなふうに身体を揺られている。そして車の中の一人の女はしかと両側を握って身体の揺れる・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・江戸参勤中で遠江国浜松まで帰ったが、訃音を聞いて引き返した。光貞はのち名を光尚と改めた。二男鶴千代は小さいときから立田山の泰勝寺にやってある。京都妙心寺出身の大淵和尚の弟子になって宗玄といっている。三男松之助は細川家に旧縁のある長岡氏に養わ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 押丁共がツァウォツキイの肩先を掴まえて引き摩って行った。 ツァウォツキイは胸に小刀を挿していながら、押丁どもを馬鹿にして、「犬め、極卒め、カザアキめ」と罵った。 押丁共は返事の代りに足でツァウォツキイを蹴った。その時胸から小刀・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・とにかくこの敗軍の体を見ればいとど心も引き立つわ」「引き立つわ、引き立つわ、糸のように引き立つわ。和主もこれから見参して毎度手柄をあらわしなされよ」「これからはまた新田の力で宮方も勢いを増すでおじゃろ。楠や北畠が絶えたは惜しいが、ま・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・それに引き換え、勘次の父は村会を圧する程隆盛になって来た。そこで勘次の父は秋三の家が没落して他人手に渡ろうとした時、復讐と恩酬とを籠めたあらゆる意味において、「今だ!」と思った。そして、妻が反対したのに拘らず、彼は妻の実家を立て直して翌年死・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫