・・・――こう自ら歌ったほど、彼の薬を請うものは、上は一藩の老職から、下は露命も繋ぎ難い乞食非人にまで及んでいた。 蘭袋は甚太夫の脈をとって見るまでもなく、痢病と云う見立てを下した。しかしこの名医の薬を飲むようになってもやはり甚太夫の病は癒ら・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・彼は天を仰ぎながら、何度も高々と祈祷を唱えて、恐れげもなく非人の槍を受けた。その祈祷の声と共に、彼の頭上の天には、一団の油雲が湧き出でて、ほどなく凄じい大雷雨が、沛然として刑場へ降り注いだ。再び天が晴れた時、磔柱の上のじゅりあの・吉助は、す・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・今から見れば何でもないように思うが、四十年前俳優がマダ小屋者と称されて乞食非人と同列に賤民視された頃に渠らの技芸を陛下の御眼に触れるというは重大事件で、宮内省その他の反対が尋常でなかったのは想像するに余りがある。その紛々たる群議を排して所信・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・たるにあらず、人情一般、西洋の事物を穢なく思う世の中に、この穢なき事を吟味するは洋学者に限るとして利用せられたるその趣は、皮細工に限りてえたに御用をこうむりたるの情に異ならざりしといえども、えたにても非人にても、生計の道にありつきたるは実に・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・最初は犯行そのものを否認しつづけ、同月二十日に至り平山検事に単独犯行を自供した。それが九月十三日になって、神崎検事に対してこんどは自分一人ではないと共同正犯を主張した。そして相川検事にもこれを述べ、さらに十一月二日には自由法曹団の弁護人をこ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・堰いっぱいに充ちて来ている民主的要求の潮がバネとなって、つよくはじき出された既成権力への否認ではなかった。余り非人間だった過去の方法に対してその限り反撥し否認したのであって、それに代る自分たちの社会的発言力の構成としての政治形態は、はっきり・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・最も文壇的勘の達した評論家小林秀雄氏などが彼をして存在させている文学青年を否認しようとしているのは、何故であろう。ブルジョア文壇の自解作用が、急速に進みつつあることが感じられるのである。 文学青年と一括して呼ばれる若い時代の社会的・経済・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・丁度その時広岸山の神主谷口某と云うものが、怪しい非人の事を知らせてくれたので、九郎右衛門が文吉を見せに遣った。非人は石見産だと云っていた。人に怪まれるのは脇差を持っていたからであった。しかし敵ではなかった。 九郎右衛門の足はまだなかなか・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫