・・・ 晴れた空のどこかには雲雀の声が続いていた。二人の子供はその声の下に二本芽の百合を愛しながら、大真面目にこう云う約束を結んだ。――第一、この百合の事はどんな友だちにも話さない事。第二、毎朝学校へ出る前、二人一しょに見に来る事。……・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・兄弟の日、姉妹の月は輝くのに、人は輝く喜びを忘れている。雲雀は歌うのに人は歌わない。木は跳るのに人は跳らない。淋しい世の中だ」 また沈黙。「沈黙は貧しさほどに美しく尊い。あなたの沈黙を私は美酒のように飲んだ」 それから恐ろしいほ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・…… うの花にはまだ早い、山田小田の紫雲英、残の菜の花、並木の随処に相触れては、狩野川が綟子を張って青く流れた。雲雀は石山に高く囀って、鼓草の綿がタイヤの煽に散った。四日町は、新しい感じがする。両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・無人島でない事はその山よりも高い空で雲雀が啼いているのが微かに聞こえるのでわかる。田畑ある島と知れけりあげ雲雀、これは僕の老父の句であるが、山のむこうには人家があるに相違ないと僕は思うた。と見るうち退潮の痕の日に輝っているところに一人の人が・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・畠の岸で見つけた雲雀の卵を取って、罰金と仕末書を取られた者がある。農民たちは、それでも、名勝地帯だというんで怺えていた。今に、国立公園になるというんで、郷土的な名誉心をそそられたりした。 便所のところで、剣が、ガチャガチャ鳴った。「・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
・・・ と言って天の一方を見上げながらおかあさんがいのりますと、そこに蝶のような羽ばたきをさせながら、小さな雲雀がおりていました。そしてそれが歌をうたいますと、雄羊は例の灰色の土塊の中にすがたをかくしてしまいました。 そこで今度は第三の門・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ キャディが雲雀の巣を見付けた。草原の真唯中に、何一つ被蔽物もなく全く無限の大空に向って開放された巣の中には可愛い卵子が五つ、その卵形の大きい方の頂点を上向けて頭を並べている。その上端の方が著しく濃い褐色に染まっている。その色が濃くなる・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・春といっても横にひろがった薺が、枝を束ねた桑畑の畝間にすっと延び出して僅かに白い花が見え出してまだ麦が首を擡げない頃は其短い麦の間に小さな体にしては恐ろしげな毛を頭に立てた雲雀がちょろちょろと駈け歩いて居る。赤は雲雀を見つけるとすぐ其後に土・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ コーコー、コーコー笑いさざめきながら水共が、或るときは岸に溢れ出し、或るときは途方もないところまで馳けこんで大賑やかな河原には小石の隙間から一面に青草が萌え、無邪気な雲雀の雛の囀りが、かご茨や河柳の叢から快く響いて来る。 桑の芽は・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 神の一声に世のすべての花はその蕾を開いて蝶は美くしい装いをこらいて舞い、雲雀は紫立つ雲の上に神の御力をたたえて歌いますじゃ。 それを人は春と名づけ冬の寒さにめげたもの達の青白い頬にも血潮の華やかな色がさいのぼって、生のあるもののす・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫