・・・敷石を挟んだ松の下には姫路茸などもかすかに赤らんでいた。「この別荘を持っている人も震災以来来なくなったんだね。……」 するとT君は考え深そうに玄関前の萩に目をやった後、こう僕の言葉に反対した。「いや、去年までは来ていたんだね。去・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
一 機会がおのずから来ました。 今度の旅は、一体はじめは、仲仙道線で故郷へ着いて、そこで、一事を済したあとを、姫路行の汽車で東京へ帰ろうとしたのでありました。――この列車は、米原で一体分身して、分れ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 汽船で神戸まで来て、神戸から姫路へ行った。親爺が送って来てくれた。小豆島で汽船に乗って、甲板から、港を見かえすと、私には、港がぼやけていてよく分らなかった。その時には、私は眼鏡をはずしていたのだ。船は客がこんでいた。私は、親爺と二人で・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ 七月十四日の朝東京駅発姫路行に乗って被害の様子を見に行った。 三島辺まで来ても一向どこにも強震などあったらしい様子は見えない。静岡が丸潰れになるほどなら三島あたりでもこれほど無事なはずがなさそうに思われた。 三島から青年団員が・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ーの細工汽車の中┌母 登代│義妹 直三の妻つや より└ 子供 昭夫 三歳 治郎 二歳┌ 前の家 沢田 かじや└ の町の風景┌姫路 戸田屋の二階│ 播州平野の・・・ 宮本百合子 「「播州平野」創作メモ」
・・・義弟が原子爆弾の犠牲となったため田舎へ帰ったが、急な帰京が必要となって、呉線の須波―三原の間、姫路の二つ三つ先の駅から明石まで、徒歩連絡した。須波と三原との間は雨の降りしきる破壊された夜道を、重い荷を背負った男女から子供までが濡れ鼠となって・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
播磨国飾東郡姫路の城主酒井雅楽頭忠実の上邸は、江戸城の大手向左角にあった。そこの金部屋には、いつも侍が二人ずつ泊ることになっていた。然るに天保四年癸巳の歳十二月二十六日の卯の刻過の事である。当年五十五歳になる、大金奉行山本・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫